第5章 『 汚れっちまった悲しみに』
「やあ、安吾。元気かい?」
「太宰くん...」
「そんな嫌そうな顔をしないでくれ給え!私は少ーし話をしに来ただけさ」
時を同じくして、太宰は内務省異能特務課所属、坂口安吾の元を訪れていた。
突然の来訪者にあからさまに顔を顰める安吾を他所に、太宰は其の儘話を続けた。
「安吾、政府には特務課の他にも機密機関があるよね」
「さあ」
「嗚呼、誤解しないでくれ安吾。此れは質問じゃ無い」
「──脅し、というわけか」
太宰から発せられた殺気ともいえるオーラに、安吾は背中を嫌な汗が伝うのを感じながら口を開いた。
「無い事は無い。だが他の機関の内情までは詳しくは知らない」
「そう。じゃあ其れを探ってくれるかい?」
「なっ」
「おや、君なら得意だろう?それに──」
それに、と発した太宰だったが、それ以降は口を噤み口元には何時もと変わらぬ笑みを浮かべた。
「それじゃ、頼んだよ安吾。君に断る権利は無いよね」
過去にあった織田作之助の件で、太宰は安吾を恨んでいる。
そして安吾もその件で責任を感じており、太宰には逆らえずにいた。
太宰が出て行き一人になった部屋で、安吾は長い溜息をつくと分厚い資料のファイルを手に取った。