第5章 『 汚れっちまった悲しみに』
それからというもの、太宰は何かと二人の前に現れるようになっていた。
泰子は相変わらず相手にしていなかったが、どの様にして入り込んだのか、二人の執務室へも現れた。
「仕事中なんだけど」
「うん、知ってる」
「君は仕事をしなくていいの?」
「国木田君と敦君が代わりにやってくれてるんじゃないかな?」
余り人の事は言えないが、泰子は国木田と敦という人物を不憫に思いながら、ずっと殺気立っている中也へ書類を渡した。
最初こそ太宰を追い出そうと躍起になっていた中也だったが、此頃は諦めて放置状態だ。
「もう帰るから出てって」
「そう?では私も帰ろう」
中也も無言で身支度をすると、三人は揃って執務室を出る。
アジトを出ると太宰はまたね、と手を振りながら帰って行く。
残された泰子と中也は大きく溜め息を吐いた。
「中也、お酒飲みたい」
「嗚呼、俺も同じ事を考えてた」
二人が向かった先は泰子の自宅。
部屋に入ると泰子は外套をソファに脱ぎ捨て、冷蔵庫から葡萄酒から麦酒、焼酎までありったけの酒を取り出した。
「悪酔いするぞ」
「したいの」
葡萄酒のコルクを明けると、ポンと小気味好い音がする。
二人分のグラスに注ぎ、中也の前に差し出すと無言でグラスを合わせて一気に煽る。
空になったグラスにもう一度注ぎ、口を付けると一息つく。
「お腹に何か入れれば良かった」
空きっ腹の酒というのは悪酔いしやすいうえに、酔いが回るのも早い。
せめて少しでも足しにしようと泰子は再び冷蔵庫を開けるとチーズを取り出した。
元より食べ物が殆ど入っていない冷蔵庫には、それくらいしか無かったが、皿に出すと中也の前に差し出した。