第5章 『 汚れっちまった悲しみに』
「じゃあ最後の質問。他に君が知っている事は?些細な事でも構わないよ。返答によっては命は助けてあげよう」
恐怖に支配されていた女の目に僅かに光が戻った。
「こ、この薬の件は、別のところから依頼された...!幹部達が割のいい仕事が入ったと話していたのを聞いた...!」
「別のところとは?」
「わ、わからない...。ただ、もしかしたら国が関わっているかもしれない...。この国も終わったな、と話していた...」
「──そう。」
泰子は女の掌からナイフを抜くと地面へ投げ捨てた。
女が安堵の表情を見せたのも束の間。
額には冷たい金属の感触。そして静かな殺気。
「な、なん、で...知っている事は全て話した...っ!」
「そうね。然し私は全て話したら生かす、とは言っていない。寧ろ君は何も知らない部類に入る。生かしておいて何かメリットでもあるかい?」
「そ、んな...っ」
「これがマフィアだよ」
泰子はすっと目を細め、ゆっくりと引き金を引いた。
銃身に取り付けられたサイレンサーにより抑えられた銃声と共に、女は絶命した。
「大した収穫は無かった。帰ろう、中也」
「おう」
「オーナーに使われた薬も例の薬だろうし、政府が関わっている事も首領から聞いていたし...。収穫はマフィアが関わっている事と、その雇い主がいるって事だけ、か」
「その組織も小規模な組織だしな。益々訳がわからねぇ」
帰りの車中でも明らかに苛ついた様子で泰子は何か考え込んでおり、中也もそれを気遣って話し掛けることはなかった。
アジトに戻ると既に薬の鑑識は終わっており、広津から書類を受け取るとパラパラと流し読み、無言で執務室へと戻って行った。
「長谷川君はどうした?」
「行き詰まってイライラしてんだとは思う」
「そうか。彼女を頼んだよ」
ポン、と広津に肩を叩かれ中也は少しキョトンとした顔をするが、既に小さくなっている泰子の後ろ姿を見て、いつもと様子が違うことには気付いていた。