第5章 『 汚れっちまった悲しみに』
「先ず一つ目の質問。君は何者だ?」
女は泰子を睨みつけるが、答える心算は無い様で口は固く閉ざされている。
「答える心算は無い、か」
泰子はするりと外套からナイフを取り出すと、躊躇する事なく女の掌へ突き立てた。女は悲鳴をあげようとするが、中也に口を塞がれ、くぐもった声が出るだけだ。
鮮血が壁を伝い、地面へ染みを作っていく。
「もう一度聞くよ。君は何者だ?」
「わっ、私、は...その...っ」
「まどろっこしいな」
突き立てたナイフをそのまま指の方へ向かっておろしていく。涙と冷や汗でぐちゃぐちゃになった女の顔は、恐怖に怯えていた。
「ほら、早く言わないと掌が指まで裂けてしまうよ」
「言うっ!言うか、ら...!!」
「うん。だから早く言ってと言っているでしょう?」
「私はマフィアの一人で、あの店には、任務の為に務めていた...っ!」
そのマフィアの名前を問うと、泰子と中也も聞き覚えのある組織の名だった。
ポートマフィアとは抗争をしたこともなく、これといって関係があったことはない。
「二つ目の質問。薬を使って何をしようとしていた?」
「そ、それは知らない...。」
「でも君はオーナーに薬を使わせていたね?」
「う、上、からの命令だ...」
ゼェゼェと肩で息をする女の体はガタガタと震えていたが、泰子の異能力によって指を動かす事すらかなわない。
「上からは何と命令されていた?」
「薬の売買と、薬の使用者の経過観察...。売買の相手は私は知らされていないし、どんな薬かも教えられていない...」
「その薬は何処にある?持ってきただろう?」
「鞄の中に...」
女が持っていた鞄を中也が漁る。
鞄の中からは袋に入った白い粉が見つかった。中也はそれを広津へと手渡す。
「それを持ち帰って調べて。あと中也以外はもう帰っていいよ」
「了解」
そう言うと広津と黒蜥蜴はその場を後にする。
泰子は再び女へ向き直ると質問を再開した。