第4章 『北の海』
「中原様、長谷川様、お越し頂き有難う御座います」
「取り敢えず葡萄酒とサラトガ・クーラー一つずつ」
「畏まりました」
泰子が飲み物を注文すると店員は恭しく一礼して、席を離れた。
「サラトガ何とかってなんだ?」
「嗚呼、ライムジュースをジンジャエールで割ったノンアルコールカクテルだよ」
「手前は飲まなくていいのかよ。それと購ったもんはどうすんだ?」
「中也は酔っ払うと面倒だから帰りは私が運転するよ。荷物は明日迎えに来る時に運ぶの手伝って」
「しゃあねぇな。少し早めに行くから起きとけよ」
中也の酒癖が悪いのは組織内でも有名で、泰子も何度も介抱した事があった。
今日はそれ程飲ませる心算は無いが、自分より酒の弱い目の前の男を酔った状態で介抱する自信は無かった。
飲み物が運ばれて来たタイミングで、各々食べたい物を注文する。
「じゃあ乾杯」
「何にだよ」
「乾杯に理由は要らないでしょう」
グラスを軽く合わせ、1口。歩きっぱなしだった二人の喉を飲み物が潤していった。
やがて料理も運ばれてきて、時折他愛無い話をしながら和やかな雰囲気で二人は食事を楽しんだのだった。
「お腹一杯」
「手前ェ珍しく沢山食ったもんなァ〜」
「君は何時も通り酔っ払っているな」
へらりとしながら少し舌っ足らずな話し方で中也はグラスに残っていた葡萄酒を飲み干した。
「却説、そろそろ帰ろうか」
「飲み足り無ェ〜」
「また今度付き合ってあげるから。今日はもう帰る。あ、すみません。チェックで」
通りすがりの店員に声を掛け、テーブルで会計を済ませる。
中也は酔っ払っているものの、まだ歩ける状態で問題無く車に到着した。
泰子は運転席に乗り込むと、身を乗り出して助手席の中也のベルト通しにあるキーリングを取り外した。
「あー、結構痣ンなってんな」
中也は泰子の髪の毛をかき上げ、首筋の痣を指でなぞった。何処か嬉しそうな中也の表情に、泰子はふっと笑った。
「珍しく笑ったなァ」
「何時も笑ってるでしょう?」
「殆ど作り笑いだろうが」
「流石は相棒。さ、帰ろう」
重い瞼と徐々に薄れゆく意識の中で、中也は柔らかな泰子の横顔を見ながら直に眠りについた。