第19章 失われていたもの
「ハヨン、俺たちは一人の力で出来ることは限られている。でも、周りの人がいるからこそこれからも進んでいけるんだ。ハヨンはいつも俺に前に進む勇気をくれるし、背中を預けてともに戦える。ハヨンがいるからこそ出来たことは沢山あるんだからな。」
わかったか、と念を押されてハヨンは小さく頷いた。
「はい、あんなこと言ってごめんなさい…。朱雀のこともわかってきたら、もっと力になれると思うので、これからもリョンヘ様のお側で戦わせてください」
ハヨンは主人に決意を見せる意味を込めて、そう答えた。よかった、と笑みを見せるリョンヘにハヨンは心ときめいたが、その感情は無視しておく。
(流石にこれ以上は主人も友達の範疇も超える気がする…)
ハヨンはそう考え、そっとリョンヘの腕に手をかけ、
「すみません、もう大丈夫です。」
と笑みを浮かべて、気持ちが落ち着いたことを告げた。
「よかった…。病み上がりにこんな話をしてすまなかった。医術師を呼んでくる。」
リョンヘはそう言いながら、片膝をついていた寝台から離れた。リョンヘが離れていくことに少し寂しさを覚えたが、先ほどもあんなに心配させたのに、これ以上留まらせても悪い。
「わかりました。」
しかしその時、扉を開けようと手をかけていたリョンヘが、脱力したようにがっくりと膝をついた。
「リョン!?」
ハヨンは悲鳴にも似た声を上げる。ハヨンは思わず寝台から立ち上がろうとしたが、彼女も満身創痍のために床に倒れこむ。床から見上げるようにしてリョンヘの様子を確認したが、呼吸は荒く、引きつったような音を立てている。痛むのか頭に手をやり、その間から見えた表情は苦痛に歪んでいた。
ハヨンは動くこともままならない己の体を、這うように動かしながらリョンヘの元へと近づく。
「リョン、落ち着いて息をして。ゆっくり吐いて。吸って。」
ハヨンは以前ヒョンテから教わった呼吸法をリョンヘに促しながら、扉を叩く。あいにく扉の取っ手には、倒れ込んだ状態では届かない。
「誰か!!誰か来て!!」
ハヨンはなおも扉を叩く。すると、ばたばたと誰かがこちらへと走ってくる音が聞こえた。ハヨンはさらに強く叩く。すると、近づいていた人物が扉を開けたらしい。ふっと叩いていた硬い感触が消える。見上げるとチェヨンが立っていた。