第16章 白い霧
「私もリョンの決めたことに反対はしないし、それが上に立つ者として正しい選択だと思ってる。だから、私は勝手にいろんな人を救いたいと思う。出来るだけ人を死なないように傷を負わせるっていう、回りくどい方法でね」
そんなことできるのか、と聴くのは野暮だと彼女の表情を見てソリャは感じた。死なないように手加減をする。それは一思いに人を殺めるよりよっぽど難しいことだ。そのことは一番彼女はわかっていて、その上で覚悟をしているのだ。
王族を守る武人だというのに、変わった人だとソリャは思った。彼女のいうことを聞けば、甘いと反対する者もいるだろう。城の兵士ならば、そんなことを考える必要はない、主人の敵だから、命の危機にさらされる前に倒せ、と考えるのが普通だろう。しかし、ここの兵士達はむしろ、ハヨンのように自分なりの願いや誓いを持ちながら戦いに挑んでいるように思えた。
「まぁ、頑張れ…」
「うん、ありがとう」
上手い言葉が見つからず、ソリャはそう歯切れ悪く励ました。こういったとき、今まで人と関わってこなかった自分を歯がゆく思う。いや、あの街では話しかけても逃げられるだけなので、どうしようもなかったのだが。しかし、今ではここの連中と仲良くなりたいと思っている自分に気づき、少しずつ己に変化が起きていることも知っている。
その時、ソリャはムニルの言葉を思い出した。
『ソリャが今回ここの人たちの力になったことで、話すきっかけが増えて、仲間意識が生まれて、そうやって信頼を築けていけたらいいんじゃないかって。』
もし、それでムニルの言うように自分が変わるきっかけになれるのだったら。この国を変える大きな流れに任せてみよう。そうソリャは気持ちを切り替えることができた。
彼女のように、信念を持ち、動けるようになるように。ソリャは背筋を伸ばし、決して逸らさぬ強い瞳を持つ彼女が、気高く、美しく見えた。
空は随分と明るくなり、霧は薄くなっていた。
「俺、戦に参加する」
「そう」
突然そう口にしたソリャを、ハヨンは驚きもせず、ただ優しい笑みを浮かべてそう答えた。