第16章 白い霧
乳白色に包まれた世界を歩く。ソリャは昔から、霧のかかった朝に、歩くことが好きだった。
先を見渡しても誰も見えず、いつもの世界から締め出され、一人でいるような気持ちになる。誰かから向けられる悪意も遮断され、自分の目立つ容貌も隠してくれる。それはソリャにとってとても落ち着くことだったのだ。
(今はまぁ、隠れたりしなくとも、誰も睨んだりしてこねぇけどな)
最近はめっきり寒くなり、ソリャの吐く息も白い。今は穏やかに過ごせるとしても、この白一色の世界はやはりソリャには心地良かった。
(ここの人達は変わったやつばっかりだ。俺を見ても逃げねぇし、むしろ話しかけてくる)
それもえらく親しげに。ソリャはその態度の差にひどく戸惑った。その表裏のないまっすぐな笑顔は、ソリャにとって遠い過去のもので、どう反応すれば良いのかも分からなかった。
「それは皆んながあんたを頼りにしているからよ。」
孟の地に来たばかりだった頃、ここの人間の態度がどうも居心地悪いとムニルにぼやいたところ、そう答えが返ってきた。
「はぁ?俺は何も期待されるようなもんはもってねーよ」
ソリャは素っ頓狂な声を上げる。そもそも期待されても困る。自分はまだ、あの街を出て自由になりたいと願ったこと以外、これから先をどうしたいかなどほとんど考えたことがないからだ。
「俺が持ってるのはこの有り余った馬鹿力と変わった見た目だけだ。何か期待されたってどうしようもねぇよ。それに、そんなんで期待して愛想よくするとか、下心みたいなもんじゃねぇか。」
自分の発言から、自身が酷く傷ついたことに気がついた。そして、誰かから認められたい、無条件に好かれたいと、無自覚に思っていたことに気づく。
「あー、ちょっと言い方が悪かったかしらね。そうじゃなくて、ソリャが力のある人だから、自分も付いて行こう、力になろうって思って期待してるってことよ。」
ムニルの訂正の言葉で、彼らの態度にどことなく理解ができた。
まぁ、あの人たちは私の姿を見慣れてるからってのもあるかも知らないけど。 とムニルが付け足す。
ソリャはその環境が少しありがたく思えた。
もしムニルがおらず、ソリャのことに1つも理解のない街だったならば、また以前と同じようなことが起こり得るからだ。