第6章 Episode 5
「んんん、歌詞が浮かばない...」
私はかれこれ数時間ノートと格闘していた。
いいなと思ったフレーズとそれに合うような言葉を組み合わせていたが、なかなか納得いく歌詞にならない。
今回は曲が先だから曲にも合うようにしなければならない。
「息抜きでもしよう」
私は軽く身支度をすると家を出た。
向かった先はショッピングモール。欲しかった雑誌もあるし、服や食材も買いたい。
目当てのものを買ってブラブラしていると、目の前を見知った人物が通り過ぎていく。
「三月?」
声をかけるが三月は私に気付いていないようで、足早に店を後にした。
聞こえなかったのだろうと特に気に留めることもせず、私は買い物を続けていた。
「あんた、この間の...」
「やおと...じゃない、蕎麦屋さん?」
声をかけてきたのは八乙女楽。
八乙女楽なんてここで言ってしまえば人に取り囲まれてしまうだろう、と思いとどまり蕎麦屋さん、と口にする。
それにしても、何故彼がショッピングモールにいるのだろう。
「びっくりするほど似合わない」
「自覚してる」
しまった口に出ていた。
帽子と眼鏡をかけてだいぶ雰囲気は変わっているが、どことなくオーラがある。よくバレなかったな。
「なんでここに?」
「この近くで収録をしてたんだ」
「あー、なるほど。息抜きね」
「そういうこと。この前聞こうと思って聞きそびれたんだが、あんたは何者だ?」
「私はあの子達の先輩、かな」
「天が言ってたSakuraってあんたのことか?」
「そうなるねー」
カゴに大根を入れながら答えると、楽は驚いた表情をしながらこちらを見ていた。
「そうか、あんたが...。なあ、俺あんたの歌好きだぜ。ストレートに響いてくる歌詞が、こう...ぐっとくる」
「ありがとう。そう言ってもらえるのが1番嬉しい」
「そろそろ戻るけど、また話とか聞かせて欲しい。じゃ、気を付けて帰れよ!」
「うん。楽も頑張って」
全く周りの人々に馴染めていない楽の背中を見送って、私は買い物を再開した。
今日の晩ご飯はブリ大根にしよう。
お兄ちゃんも食べるかな。後は可愛い後輩たちも持って行けば誰かしら食べてくれるだろう。