第10章 誤解
「好きな人をこのまま黙って行かせられると思いますか?!」
目に涙をため顔を真っ赤にして、辻本は声を張り上げた。握りしめた小さな手にさらに力がこめられる。
彼女の突然の告白はさすがに木手も予想していなかったのか、木手の顔にわずかに狼狽の色が浮かぶ。
「…俺は」
口を開きかけた木手を、首を大きく振って辻本が制止する。
ごくりと息を飲みこんで顔を上げた彼女は木手の目をまっすぐに見つめた。
「分かってます。私の気持ちに応える気はない、って。でも…それでもいいんです、あなたの事を想っていては…ダメですか…?」
「……」
言葉を返せないままでいる木手に、甲斐はポンと彼の背を叩いて返事を促す。
ちらりと甲斐を見た木手の顔は何と答えるか考えあぐねているようだった。
「じゅんに(本当に)危ないんど。何があるか分からんばーよ」
木手が返事するまでの時間稼ぎにでもなれば、と平古場が口をはさんだ。
こんなことを言ったところで辻本が意見を変えるとは思っていなかったが、無言のまま時間が過ぎるのを待つことに、平古場は耐えられそうになかった。
「はい。たとえ死ぬことになってもついて行きます」
辻本の力のこもった言葉に、その場にいた誰もが、彼女を説得するのは無理だと思った。
たとえ彼女を拘束したとしても、それを抜け出してでも自分達の後を追ってきそうな勢いの彼女に、3人は一様にため息をついた。
厄介な人間に話を聞かれてしまったものだ、とその場にいた辻本以外の全員がそう思った。
「……何かあっても、責任はとれません。本当に…いいのですか」
「はい。構いません」
変わらず意思の強さが滲む辻本の声に木手を始め甲斐と平古場も諦めの境地に至っていた。
結局3人が折れる形で明日の脱出に辻本も加わることになった。
どうか明日の天気が荒れませんように――、と平古場は見えない
空にむけて祈った。