第4章 大脱出
木手くんは言うなり私を抱きかかえて走り出した。
決して軽いとは言えない私を、軽々と抱きかかえて走る木手くんの力強さにビックリする。
同時に申し訳なさも感じたが、大きく傾いてしまった船内ではこのままじっと木手くんに運んでもらった方が、足手まといにならないような気がした。
「おーい!永四郎!くまんかいくゎー!(こっちへ来い)」
「くまぬ(こっちの)救命ボートに乗れるぜ!」
甲斐くんと平古場くんの声が聞こえて、彼らの声に少しほっとする。
私は木手くんに抱きかかえられたまま救命ボートへと乗せられた。
「永四郎、やー、カッコいいなぁ…王子様みたいやっしー…」
「…こんな時に何を言っているんですか、平古場クン」
「いやぁ、わんがいなぐやったら、やーに惚れちょるぜ(俺が女だったらお前に惚れてるぜ)」
緊迫したこの状況にそぐわない比嘉中の子達のやり取りが遠くの方で聞こえた感じがした。
雨と風の吹き荒れる真っ暗な大海原の中に浮かぶ、私達の乗った救命ボート。
いくら設備のしっかりした豪華客船の救命ボートとはいえ、こんな嵐の中で乗るにしては心もとない感じがする。
大きく揺られるたび、無意識に隣にいる木手くんの手を握りしめた。
綺麗な海を眺めてのんびりするはずだったのに、何故こんなことになっているのだろう。
「…大丈夫ですよ、島はもう見えています。あと少しの辛抱ですから」
私がギュッと握りしめた手を、木手くんが握り返して言う。
雨に濡れて冷え切った体を寄せ合うようにして、木手くんは私を励まし続けてくれていた。
暖かな木手くんの体温と、声と、頬にかかる息が、次第に遠のいていく。
薄れゆく意識の中で、ただ隣にいる木手くんの存在だけが、はっきりとそこにあった。