第3章 楽あれば…
「…?なぜついて来ているのですか?」
ぴたり、と足を止め、怪訝な顔で木手くんは私を見つめる。
そう言われて、はた、と自分の行動の理由を考えた。
考えたけれど、これといった明確な理由は思いつかなかった。
「なんとなく…いや、なんか申し訳なくて。私のせいで着替え取りに行かなくちゃいけなくなったし…」
「あなたがついて来たところで、ズボンの染みはとれないのですがね」
「それはそうだけど」
「…自分の罪悪感を薄めたいが故の行動ですか。ずいぶん自分勝手な行動原理ですね」
吐き捨てるようにそう言われ、私は少し落ち込んだ。
乗船の時からの木手くんの言動を考えれば、これが彼の平常運転なのだろうが、彼の言葉はかなり鋭い。
木手くんにその気はなくても、聞かされる人間にとっては傷を抉るような言葉がいとも簡単に繰り出される。
ずいぶんと性格の悪い中学生だ、と心の中でひとりごちた。
「着いて来て欲しくないのなら、そう言えばいいじゃない。わかったよ、もう戻る!」
言って、大人げない発言だったと思った。
相手は年の離れた、中学生だというのに。
木手くんにカリカリしてしまった自分が恥ずかしくなった。
「…どこに行くつもりですか?そのドアは男子トイレですが?」
「えっ」
木手くんの声に、ドアに掲げられたプレートを見やると、そこにはしっかりと「restroom」の文字と男性を示すマークが書かれていた。
あたりを見回して今来た道を戻ろうと思ったが、似たような階段やドアが続いていて、どこを戻ればよいのかよく分からなかった。
「…俺について来てください。迷子になられても迷惑だ」
呆れたような声で木手くんはそう言うと、私が彼のそばに来るまで静かにそこに佇んでくれていた。
その佇まいがやっぱりとても美しくて、目に焼き付けるように、私は彼の立ち姿を見つめた。
先ほどまでの彼に対する苛立ちもどこかへいってしまうほど、木手くんは綺麗だった。