第3章 二口女 ≪前編まで公開≫
麿雪の用人である髭男を先頭に屋敷の奥の奥にある、先ほどよりも狭く感じる部屋へと案内された。
ゆっくりと開かれる襖の奥には真っ白な布団に眠る女がいた。女以外には何もない部屋だった。
「この方が、ご主人を殺したというのでしょうか」
「えぇ、たしかに彼女と共に夫であろう死体があった」
「…薬売りの方!何をされてるのでしょうか!?」
ぎょっと用人は自身の髪の毛を膨らませ、両手をどう動きを封じさせようか思案し震わせている。
眠っている女の周りに彼は天秤を並べていた。そのおかしな光景に麿雪は大きな口をぽかんと開くばかり。いつの間にか何十もの赤く不気味に揺れる天秤が敷き詰められている。
「この天秤は モノノ怪との 距離 を測ることができる」
「いかんな薬売り殿、天秤というのは重さを測るものだと思うが」
「どうでしょうかねぇ」
千咲も何とも言えぬ表情を浮かべたが、自身もやるべき準備をそそくさと始めた。薬売りの持っている箱の半分もないくらいの香を収納している箱。手際よく一つの香を焚き始めた。
香りは時に人を、モノノ怪をも惑わす。
「嗅いだことのない匂いだ。
女、もしこの匂いが麿雪様に害をなすようなら貴様を切るぞ」
「これは人間にはなにも効果はありません。しかしこれはモノノ怪が引き寄せられる香り」
千咲は眠った女性を依代にモノノ怪を憑依させようとしている。危険であるが眠ったままの人間に憑依させるのはそこまで危険がない。その依代の人間とモノノ怪の意識が重なってしまう方が危険なのだ。
そして別のお香を一つ炊き始める。
「こちらはモノノ怪の感情を穏やかにさせるもの。すこし人間には刺激のある香りですが、お許しを」
つんと鼻の奥を刺してくるような匂いが部屋の中を覆った。
そしてちりんと天秤が傾く音が小さく響かせる。