第10章 契り深く
この家に、私の居場所はない。
それは最初から最後までそうだった。
実母が育ててくれたのは何歳までだろうか。
私は気が付いたら父の元にいた。
「なんだ、女か」
「あの女の子供で身体も不出来」
「万が一跡継ぎになったとしても子は産めないか」
この家では、跡継ぎ以外の子供は不要だった。
まして、私は小さい頃から身体の疾患が多く、とても大人になるまで持つかわからないと常に言われていた。
「医療費を払ってやってるだけ、ありがたく思え」
最後にあの家で父と交わした言葉だった。
その日の夕食は、いつもより味が濃かった。
一口でそれだと理解したけれど、
(もうこんなツラいなら、いっそ……。)
目が覚めたら、いつもの主治医がいた。
「前より体調良さそうだね」
「おうちが安全て、こんなに安らげるんですね…… 」
「普通は家が一番安全なんだよ」
「そっか…。
今少しだけ、あの家のことを、思い出していました…」
先生は困ったように笑うと、パソコンで処方箋を作ってくれる。
「若利くんとは上手くいってる?」
そんなつもりの質問ではないのはわかっているんだけれど、なんとなく、昨晩のことをふと思い出してしまう。
先生には、目を見られるだけで、全てを見透かされそうで…、恥ずかしくて明後日の方向を見た。
「はい……」
「…はは、いいんだよ。
そういうことした方が長生きするっていう説もあるほどだし……これ以上はセクハラになっちゃうね?」
「……」
結局見透かされてしまった。
「前より人の目が見れるようになったと思わないか?」
言われて気付いた。
確かに、大勢の人はまだ苦手だけれど、人の目を見て話せるようになったように思う。
「少し自信が付いたんだと思う。
彼のお陰だねー」
お大事に、と言うと先生は手を振って見送ってくれた。
(…牛島くんのお陰……)
小指を見て、そうかもしれない、と思った。
それはすごく、私にとって、大切なことだった。