第1章 帰郷
空はどこまでも同じだけれども、流れる風は違うものだと、リエは肌で感じていた。
三年ぶりに足を踏み入れた火の国には、慣れ親しんだ優しい風が吹いている。
リエの髪を揺らして止まない風は、彼女の帰還を歓迎してくれているようだった。
青い果実 34
国境近くに佇む小さな甘味処に立ち寄ると、女将さんが笑顔で迎え入れてくれた。
「いらっしゃい!…あらまぁ!リエちゃん?」
「ご無沙汰してます、ミツさん」
「ホント、時間が経つのは早いわね。元気そうで何よりだわ。リエちゃんたら、しばらく見ない間にさらに美人さんになったわねぇ」
「いえ、そんな…。あのときは、本当にお世話になりました」
「何言っているの。私達こそ、リエちゃんのおかげで本当に助かったのよ。リエちゃんがお店辞めて常連になりかけてたお客さんまで離れてったりしたくらいリエちゃんお客さんから可愛がられてたし、私としてはずっとここに居てもらいたいくらいだったわ。ともかく、リエちゃんには感謝しているのよ」
里を出てから一週間が過ぎた頃から数カ月の間、リエはこの甘味処で、住み込みで働いていたのだ。
事の発端は、リエがここ“甘風”に立ち寄ったときに、いかにも柄が悪いですと言わんばかりのゴロツキがここの主人の娘にちょっかいをかけていたことだった。
それを静止しようとした店主に逆ギレし店を滅茶苦茶にしようとしていたゴロツキを、いとも簡単に追い払ったリエを店主が気に入り、リエの事情を知るや「じゃぁしばらくここに住むといい!」と言ってくれた。
宿賃もばかにならないからと野宿生活をしていたリエにとって有難い言葉だったし、この先どうするかも決まっていなかったのでその言葉に甘え、せめてもの礼にとここで働かせてもらっていた。
店主のザラメ、奥さんのミツ、そしてリエより三つ年上のキナコの三人で経営しているこのお店はとても温かく、疲れた旅人を癒す優しい雰囲気を持っていた。
この家族の温かさに触れて、孤独感の寂しさの中にいて気落ちしていたリエもずいぶん癒されたものだ。