ここはシリーズif短編【HUNTER×HUNTER】
第8章 夜桜に出会う
その声音から目の前のこの人が男性であるのだと思うより先に
浮世離れしたその風貌や美しさから、まるで水に話し掛けられた……なんてあり得ない出来事に遭遇した様に奇妙な感覚に陥っていた
「……あ、いえ……」
男性に声を掛けられて数秒遅れて絞り出した言はたどたどしく震え
そんな私を真っ直ぐに射抜く瞳に吸い込まれる様な錯覚をする。
「……あっそ」
なんて興味を失った様に短く紡がれた声すらも何処か品のあるその人を前に"歩く"という些細な事すらも忘れていて
瞬きに満たず伏せられた睫毛がもう一度私に向けられた時
身体の中で何かが壊れた様に胸が高鳴り始めた
沈黙ばかりが広がる路上には不思議な程人通りが無く
静かに唇を開いた男性の仕草をまるで悠長に流れる時の中で見詰めれば
「頭に花弁が乗ってるよ」
彼は艶々とした長髪をサラリと流しながら首を傾げた
「……え……」
途端に染まった熱い頬が羞恥からか高揚からかわからない
慌てて頭を手をやって足元に視線を落とした一瞬
「ここだよ」
数メートルの距離を保っていた彼は私の随分と傍に立っていて
悠々と伸ばされた長くしなやかな指先に桜の花弁を捕まえて見せた
「あ、ありがとうございます……」
「別に」
他愛ない会話を交わしている今が夢の中の出来事の様に感じる
私は何も知らないこの人にたったの数分で心奪われてしまったのだ