第1章 偶然か必然か
ただ、まだ彼と話し足りないという心残りはあるけれど、短い時間でも彼と二人っきりで、こんな至近距離で話せたんだ。
それだけでも、他の人から羨ましがられる事をしたんだから、私からこれ以上ワガママな事は言えない。
「またイベントにも遊びに行くので頑張って下さい」
次に会うときは、声優内山昂輝のファンの一人としてで、こんな風に話す事はもう二度とないだろう。
それでも、彼の応援し続けることには変わりない。
「それじゃあ、また…」
「…あのさっ!」
彼の声に俯かせていた顔を上げた。
「ここら辺で仕事してるから、休憩時間とか君のカフェに行ってもいい…?」
「え」
予想だにしなかった彼からの申し出に、私は驚いて目を丸くさせた。
それは、私があわよくばと考えていた事だったから。
「ダメかな?」
「ダメじゃないです!是非来てください!」
断られると思ったのか弱々しい声を出した彼に、私は両手を振って彼の考えを否定した。
大好きな彼が来てくれるのに、ダメな訳がない。
「これ、私の働いてるお店の名刺なんですけど…」
鞄の中から名刺入れを取り出し、中から一枚彼に手渡した。
「ありがとう。絶対行くから」
名刺を受け取った彼は笑顔でそう言った。
絶対という言葉が嬉しくって、つい口元が緩む。
「はい、待ってます」
そして気持ちよく彼と別れ、私はお店へと急いで走り出した。
これが、運命なのか偶然の出会いだったのか、それは神様にしかわからないけど、それでも、彼をより近くに感じられるなんて一生分の人生使ったと思う。
明日から仕事が更に楽しくなりそうだ。
「…」
彼が私の名刺を見て何を思っていたかなんて、この時の私は全く想像もしていなかった。