第2章 生贄の乙女#
彼女の村には、ある言い伝えがあったのだ。
5年に一度、若くて美しい娘を捧げなければ、狂った巨大な狼が災いをもたらすと。
「…私が見えるか。」
「…へ…あ、あなたは、…!」
さっきまで、助けを呼びながら扉の前で打ち震えていたはず…
沙里は必死に記憶を探るが、どうして自分がここにいるのか全く分からない。
西洋を思わせるシャンデリアが照らしたこの部屋は、壁の棚に歪で奇妙な置物が大量に飾られていた。
沙里は石でできた診察台のような椅子に寝かされ、手は頭の上で固定されている。
脚はM字に広げられた状態で固定され、着ていたはずの白いワンピースは無くなり、素肌を冷たい空気に晒していた。
そんな中、状況判断もままならないのに、低い声の主はお構いなしに話しかけてきたのだ。
「さっきも言っただろう、怖がる必要は無い。」
「あ…………」
沙里の声は震えていた。
返事などこの際できるはずがない。
怖いのか、恐れているのか、感動しているのか、興奮しているのか…。
未知との遭遇は、形容しがたい感情のオンパレードだった。
「私はレイだ。お前もじきに慣れるだろう。」
目の前にいる彼は見た目こそ狼だが、まるで人間のような出で立ちで沙里を見ていた。
隆々とした筋肉は彫刻のようで、体つきは成人男性そのもの。
狼男という表現が当てはまる容貌だ。
琥珀色の瞳に沙里が映り、信じられないことに、その中の彼女は穏やかな表情をしていた。
しかし全裸は恥ずかしく、考えるより先に体が動いてレイに何かしらを訴える。
「ふ、服……!ないの、嫌…帰りたいッ!!!」
固定されている手や足で必死にもがくが、拘束器具は思ったよりも頑丈で自由になる気配はない。
擦れた皮膚からは血が滲み、沙里は顔を強張らせた。
「…諦めるんだな。どうせここから出られやしない。」