第2章 生贄の乙女#
「や、ヤダ、帰るもん…!」
ぐずる沙里にやれやれとため息をつき、レイは毛深い五本指を自分の顎に添える。
手は人間そっくりで、とても大きかった。
彼の出っ張った鼻先がピクピクと震え、口の隙間から鋭い歯が時々こちらをのぞく。
「帰るったって、お前はもう捨てられたんだ。誰もお前の帰りを待ってない。」
「…う、うそ…」
「今頃、村の奴らはもう安泰だと言ってお祭り騒ぎだろうな。」
レイの言葉を聞き、沙里の顔が一瞬にして暗くなる。
自分を引率したあの男達の様子を見る限り、確かに自分は村に戻っても歓迎されないだろう…
何より、十年前は憶えていないが、五年前にそのお祭り騒ぎを経験していたのだ。
その頃は何も知らなくて、ただただ浮かれた時間を大人たちと過ごしていたが、今ようやく分かった。
背景にはこんなおぞましい出来事があったのだと。
「そんな……ぅ、うう…」
未だに自分が生贄だなんて…信じたくないが、もう……
沙里はしゃくり上げて泣き、自分にふりかかった現実を呪った。
同時に怯え、全身が粟立つ。
「ハァ……」
部屋に響く高い声にうんざりするレイは、何も言わずに背中を向けて歩き出す。
そして、徐に後ろの棚から小さな壺を手に取った。
「いつまでも泣くな。不本意でも与えられた役目だ。果たせ。」
レイは冷たく沙里を突き放し、壺の蓋を開けて中身を覗き込む。
無色透明な液体を確認した後、それを彼女の口内に流し込んだ。
「んグッ、ガハッ…げほっげほっ…!」
乱雑に注がれた液体は妙に甘く、後味はもっと甘ったるい。
驚いた拍子に気管にも入り込んでしまったため、激しく噎せて全身が揺れた。
沙里に無関心なレイはさっさと壺を元の位置へ戻し、まだ咳が止まらない彼女の正面に立つ。
薄い腹を大きな手でゆっくり撫でまわし、徐々に静かになってゆく彼女の反応を見た。