第5章 睡蓮
「矢ッ張り此処か。」
「あれ?彼女は置いて来ちゃったの?」
「手前ェに借り返す方が先だろうが。」
「私に借り返すなんて君の命が幾ら或っても足りないんじゃない?」
中也は椅子を一つ開けて腰を掛けるとマスターにワインを注文した。
「好きなだけ飲め。今日だけは奢ってやる。」
「えぇ〜中也から奢られても美味しく飲めない。」
「るっせー!文句言ってンじゃねェ、このタコ!」
「まっ、言われなくても中也のツケで飲む心算だったけどね。」
先程注がれたワインを二口飲むと目線は前に向けたまま尋ねる。
「で?手前は何時からだ?」
「そうだね、彼女がマフィアに初めて来た時、かな。」
「チッ。一緒かよ。」
「また頃合いを見て攫いに行くよ。」
「来ンな!彼奴は御前には靡かなかった、そうだろ?」
「十年後もそうとは限らないだろう?」
「……ハッ、云ってろ。」
残ったワインを飲み干すと腰を上げ店を出て、今頃家で待っているであろう彼女の元へと向かう。
店では太宰が頬杖をつきながらグラスを傾け独りごちていた。
「中也、私は本気だよ。」
後日、中原中也の愛車が爆発したのは云う迄も無い。
「あンの陰湿男ーーー!!!」
END