第1章 初々しい君。
紅葉は愛しい菊乃のモノが欲しかった。長くさらさらとした黒髪を結う時、愛用している赤い紐がゆらりと揺れる。紅葉は菊乃と同じようになりたかった…赤い髪を黒に染めて、同じような髪型をし、服装も全て同じように。だがどれだけ菊乃を真似ても近付く事すら畏れ多い。なにより菊乃は紅葉の頭をそっと撫でて「紅葉の髪は本当に綺麗だね。私は春夏秋冬の中で秋が一番好きなんだよ…舞い散る紅葉(もみじ)を毎日のように見ていられて私はなんて幸せ者なんだろうね?だから…私のわがままを聞いてくれるかな。紅葉の鮮やかな着物姿に赤い髪をもっと伸ばして欲しい。君の美しく愛らしい姿を私にもっと見せてはくれないかい?」なんてまるで愛しい人を口説き落とすような口調で頭から頬に手を滑らせて菊乃は優しげに微笑むから、紅葉はその色気に当てられてそのまま失神するように倒れてしまった。そんな恥ずかしい過去が今はとても懐かしいとさえ紅葉は思う。
だからこそ、その髪留めにどうしても恋い焦がれる乙女のように菊乃の身に付けているモノを欲したのだ。
「いいのかい?髪留めが欲しいのならもっといいモノを贈るよ?」
「菊乃姐さんのじゃないと意味がないんす!私は菊乃姐さんの髪留め以外いりんせん!」
成人した大人の女性であった紅葉は、恥ずかしげに駄々をこねる子供のように菊乃の服の裾を握り締めてうつむく。その表情にとても弱かった菊乃はこんな安物で良いのかなー…と思いつつも結ってあった髪留めを解いた。
「紅葉」
「!…菊乃姐さん、あっ…えっ、ね、ねえさ…っ」
「髪を結うから、後ろを向いて座って頂戴な?」
紅葉は連れられるままに、椅子を用意した菊乃に誘導されて腰掛ける。後ろから木櫛で赤い髪をとき美しい花魁のように髪を持ち上げて簪を刺し固定する。その手馴れた器用さといつも頭を撫でてくれる菊乃の細く白い手が紅葉の髪に触れて結うてくれていると云う事に心臓が激しく高鳴っていた。
「矢張り紅葉は、髪を上げると良く似合う」
「あ、ありがとうござりんした…」
か細い感謝の言葉もちゃんと届いていて「どういたしまして」そう微笑んでいるであろう菊乃の姿を見られないが、今この幸せな瞬間にどうにかなってしまいそうだった。