第16章 8月 Ⅲ
ポイッと枕元にスマホを置くと、アリスはゆっくりと目を伏せる。
このままダラダラ過ごすのも悪くない、そんな事を考えていたら、いつの間にか寝てしまっていた。
すっかり空はオレンジ色に染まり、アリスは慌てて布団と洗濯物を取り込んだ。
夕立がなくてよかった、と取り込んだ服やタオルをたたむ。
山合宿にも参加すると返事をしたばかり、またすぐに必要になるだろう物をキャリーバッグへ入れる。
そろそろ買物に行こうかとスマホを探す。
タイミングを合わせたかの様に電子音が鳴り始め、画面には「黄瀬涼太」の文字が浮かんだ。
「アリスっち!仕事終わったっスよ、だから今からデートしません?」
唐突だな、とアリスは笑う。
「今夜花火大会があるんスよ!」
だから行きたい!とはしゃぐ黄瀬にアリスは承諾の意を伝えた。
待ち合わせは一時間後。
食材の買い出しは明日にしようと、この前買ったばかりの夏服から、どれを着ようか考える。
花火大会なら浴衣を着て来て欲しいと黄瀬は思っているだろうが、残念ながらアリスは持っていない。
選んだのはミニ丈のフレアスカートとノースリーブのブラウス。
ちょっと子供っぽいが、イケメン大型犬と遊ぶには丁度いい。
小さめのショルダーバッグに財布とスマホを入れ、アリスは家を出た。
「アリスっち〜!」
約束の時間よりも早く着いたはずだったが、すでに黄瀬はそこにいた。
仕事が終わった、と言っていただけあり、今まで会った中で一番格好良い。
しかし、彼女を見つけてブンブン手を振る姿はやはり、どこか残念なイケメンだ。
『お仕事お疲れ様でした。』
「いやいや、アリスっちとデートだと思ったら楽しくて!」
じゃあ行こう、とナチュラルに手を差し出されアリスも自然に答えてしまった。
とても長くて綺麗な指の揃った大きな手だが、たくさんボールに触れている掌は硬い。
花火大会だからなのか、人通りが多くしっかり繋いでいないとはぐれてしまいそうになる。
『ちょっと黄瀬君、どこまで行くの?』
「まぁいいから。こっちっスよ!」
大型犬を飼っている人の散歩はこんな風になるなかな、と彼女は考えていた。
人波に逆らう様に歩き、辿り着いたのはちょっと古いテナントビル。