第67章 新9月 Ⅰ
『…さつきちゃん。』
張り詰めていたアリスの何かが弾ける。
ミルクティーのカップをぎゅっと握りしめたまま、アリスはポロポロと泣き出してしまったのだ。
そして、いつもの元気なアリスからは想像も出来ないぐらい弱々しく、まるで自分の気持ちのピースを並べるかの様に話をする。
まだ、幼い頃に病で母を失い、周囲にうまく馴染めなくてひとりぼっちだったこと。
そんな時、父に誘われて始めたバスケで初めて友達が出来たこと。
その友達とも渡米をきっかけに会えなくなってしまって、渡米先で火神親子と出会ったこと。
その火神が帰国してしまって空いた心の隙間は、ナッシュが埋めてくれたこと。
そして初めてのボーイフレンドと、その人からの酷い裏切り。
楽しそうに、そして辛そうに、今までを一つ一つ、打ち明ける。
『それから日本に私も帰国したの。』
「そっか。そんな事があったのね。」
『うん。この一年は本当にみんなのお陰で楽しく過ごしたの。でも…。』
みんなが自分に好意を向けてくれている事は知っている。
気が付かないふりをして、その場を上手く交わしてしまっていたのも自分。
そしてこの前の一戦で、ナッシュへの未練ももう無い。
ちゃんとみんなの気持ちに自分も向き合わなければと思っていた。
そんな時の、火神の告白。
「…アリスちゃん、本当に好きな人は誰なの?」
『え?』
「本当は誰のことも好きじゃないんじゃないの?」
『…。』
「また失うのが怖いから、誰かを本当に好きになれないんでしょ?」
『それは…。』
「気持ちをはっきりさせることで、誰かが傷付くのも嫌なんでしょう?」
『…私は…。私はきっと愛情が怖いんだと思う。それに、愛情がなくても、その時楽しければいいって。そう思ってる…。』
「…アリスちゃん、そんなの辛すぎるよ。」
そう言った桃井の目には溢れんばかりの涙が浮かんでいた。
『さつきちゃん?』
「私は大好きなアリスちゃんに幸せになってもらいたい!」
『…ありがとう、さつきちゃん。』
桃井と別れ、帰路につく。
すっかり日は落ち、街灯の灯りを辿る様に歩くアリスの足元を、2号がピッタリと寄り添っていた。
しかし、何かを見つけたのか尻尾をピコピコ上機嫌に振りながら、2号は先に走って行ってしまった。