第63章 新 8月 Ⅳ
「なんか羨ましいな、やっぱり誠凛さんって独特の雰囲気がありますよね。」
「そうか?いつもあんな感じだぞ、アイツ等は。」
隣のテーブルで食事していた桃井は羨ましいと呟いた。
そう感じていたのは彼女だけではなかったようで、いつもならそんな楽しそうな所になら尻尾を振って混ざりに行くだろう黄瀬ですら、あの雰囲気には入れないと苦笑いをしていた。
「きっと俺達が誠凛に勝てなかった理由が、あれなんだろうな。」
チームメイトとの絆、お互いに自然体でいられる信頼関係。
火神が食べてしまったおかずを見て「それは食べるつもりだったのに…。」と黒子が嘆くと、『タイガ!』とアリスが怒る。
怒られた火神は、慌てながら素直に黒子に謝り、「こっちやるよ」と残っていた自分のおかずを黒子に渡す。それは彼等にしたらいつものやり取り。
「…大ちゃん?」
ガタッと無言で立ち上がった青峰は、ズンズン彼等に近付いて行く。
まさか3人の楽しい朝食を怒号でブチ壊したりしないだろうかと、桃井の顔から笑みが消える。
『あー!私の卵焼きー!』
背後から伸びてきた色黒の長い手が、ヒョイっと掴み上げたそれは、青峰の口の中。
「青峰!」「青峰君!」
火神と黒子が声を揃えて彼を見る。
卵焼きを取られてしまったアリスは、珍しく憎しみのこもった目で青峰を見上げた。
『卵焼き泥棒!』
「いーじゃねぇかよ!残してんだから。」
残していたのではなく、好きだから取っておいたのだ!と子供みたいに言い返したアリスは、本気で怒っている。
散々黒子のおかずに手を出していた火神も、それはダメだろ?と非難の目を向けていた。
「青峰君、アリスさんに謝って下さい。」
「はぁ?なんでだよ、卵焼き一個だろ?」
そんなにいけない事をしたのか?と弱腰になり始めた青峰に、ここぞとばかりに火神と黒子が責め立てる。
「最後の一個だったじゃねぇか。そりゃアリスも怒るだろ。」
「取っていいものとダメなものがありますよ。」
本気で怒っているのか、アリスはじっと黙って青峰を睨んでいるだけで、楽しそうに食事をしていた3人を、案の定、青峰はぶち壊してしまった。
その居た堪れない雰囲気に、流石の青峰もかなり居心地が悪く、いつもの様な強気な態度もなりを潜め始める。