第62章 新 8月 Ⅲ
冷静に状況を見ていた緑間も、アリスの雰囲気が一気に変わった事に驚きを隠せずにいた。
『目を逸らしちゃダメよ。』
ゆっくりと顔を上げたアリスはボールを自分の右手から左手へとドリブルをしながら変えると同時、姿勢を低くしてトップギアで切り込むが、仰け反りながら急ブレーキをかける。
しかし、動いたのは彼女の身体だけでボールは然程変わらない位置で不規則なリズムを打ち付けていた。
アリスはふわりと笑みを浮かべたとほぼ同時、ヒラリと黄瀬を抜き去る。
「なっ?!」
ボールがリングに激しく弾かれた音がして、黄瀬はやっとそちらへと目を向けた。
完全に彼の身体がそちらに向いたのは、ゴールに弾かれたボールを若松が拾いゴールへと繋いだのとほぼ同時だった。
『Perfect!』(完璧です!)
「お、おう。」
アリスにハイタッチを求められてた若松は、いつもの雰囲気に戻っている彼女に当事者でありながら状況がイマイチわかっていない様子。
「何をしたんでしょう、全くわかりませんでした。」
黒子の独り言の様な言葉に、高尾が乾いた笑いをこぼす。
「マジでやりやがったよ、アリスちゃん。」
彼女が若松に話した内容は『リングから外れるボールだけに気を向けておいて欲しい』という、とてもバスケの打ち合わせとは言えない様な物だった。
『わかった?彼のプレイはコピー出来る代物じゃない。私の事だって見えてなかったでしょ?』
何も特別なことはしていない。
黒子の様な視線誘導をしたわけでもなく、彼女はただ単純に、自分が一番得意なトリックプレイをしただけだと言った。
「派手なフェイント直後にその真逆に予備動作無しの動きで黄瀬を抜いた。そもそも素早い彼女がゾーンに入った事でその速さは上がっている。きっと黄瀬には彼女が突然消えた様に見えていただろうな。」
「へぇ〜、流石赤ちん。ちゃんと見えてたんだね。」
乾いた音を立てて転がるボールを拾い上げたアリスは、まだ唖然と突っ立っついるだけの黄瀬に真剣な顔で言った。
『かなり久しぶりに本気(ゾーン)でやったけど、彼等と一緒にやってた頃ほど上手く出来なかった。だから、今の私に出来ることは彼等なら、ナッシュなら当たり前に出来るはず。』
「マジっすか?!」