第62章 新 8月 Ⅲ
『わかった、じゃあ私も本気でやるよ。でも…。』
そう言ったアリスは、高尾と何か話しながら休憩をしている若松へと視線を向けた。
『若松さん!』
「あー?」
タオルで汗を拭いながら、駆け寄って来たアリスにどうかしたのか?と若松は振り向いた。
どうやら黄瀬の相手をするのに自分と組んで欲しいと頼んだらしい。
何を話しているのか全部は聞こえないが、半信半疑な若松の表情とニヤニヤした高尾の表情からするに、彼女は何か無謀な作戦でも伝えているのだろう。
『…お願いします。』
「まぁいいけどよ、本当にそれだけでいいのか?」
『はい。今ここにいるメンツなら若松さんが一番だと思うので。』
彼女の発した『一番』という言葉にバラバラにボールを触っていた他のみんなが揃ってそちらへと目を向けた。
「でもさぁ、いくらアリスちゃんでも一人で黄瀬君の相手はキツイんじゃないの?」
なんなら俺も力を貸そうか?と言った高尾の顔からいつものヘラヘラした笑顔が消える。
アリスの大きな瞳にはいつもの柔らかい輝きではなく、強烈な稲光の様な輝きが見えたのだ。
『大丈夫よ。』
和気藹々としていた練習後の体育館の空気が一気に張り詰めた。
その原因は本気でアリスのプレイをコピーしようとしている黄瀬と、それに本気で答えようとしている彼女のせいだろう。
いつの間にか、他のメンバーも手を止めコートを彼等へと明け渡し真剣な目を向けていた。
「火神君は見た事あるんですよね、アリスさんの本気。」
「中二の時までのならな。」
黄瀬がディフェンス、アリスと彼女に指名された若松がオフェンス。
トントンとリズミカルに軽くドリブルをする彼女と黄瀬が向き合っている。
『…ふぅ。』
呼吸を整える様に小さく息を吐いたアリスは俯き加減でその表情は黄瀬には見えない。
きっと彼女が顔を上げたらプレイ開始となるだろう。
「「!?」」
火神と青峰は驚き目を見開く。
ピリピリと微弱な電流が空気に乗って伝わってくる様な感覚。
「まさか?!」
「あぁ、アレはゾーンだな。」
青峰や火神は本能でそれがわかったのだろう。
今まで彼女からは感じた事のない、ゾクゾクする様な雰囲気が出ている。