第60章 新 8月
「アリスっちの声が聞きたかったんスよ!」
『じゃあ明日の夕方とか時間取れる?』
「ちょ!今の俺の話はスルーっスか!…ってはぁ、まぁいいか。大丈夫っスよ!」
インターハイも終わり、モデルの仕事も明日は入っていないから大丈夫だと黄瀬は言った。
駅前で待ち合わせる約束をして電話を切ったアリスは大きく伸びをする。
時計の針は9時を少し過ぎた辺りを指していた。
夕食を食べずに眠ってしまったせいか、小腹が空いているがこの時間帯に食べるのはやめておいた方が良さそうだ。
「起きたのか?」
『…うん。』
「なら、これお前宛てだぞ。」
部屋着姿の克哉は留守中に届いていたのだろう、彼女宛ての手紙を渡した。
その大半がどこかからのDMだったが、その中に一通、何の飾りもない白い封筒があった。
差し出し人の名前を確認しようとそれを裏返してハッとする。
急いで封を切ると、中にはストバスの大会の観戦チケットが二枚入っていた。
そこに記されていた日付はまさに今日。
帰国前に今吉から連絡があったが、まさかそれが帰国した今日だったとは。
せっかく送ってくれたのに、無駄にしてしまった。
『…まだ大丈夫よね。』
慌てて枕元に置いたままだったスマホに手を伸ばす。
これは今吉に嫌味の一つや二つ言われても仕方がないと思ってはいるが、いざとなるとなかなか通話ボタンを押せない。
あまり遅い時間になってしまっては、更に迷惑になってしまうだろうと、気合いを入れてアリスは通話ボタンを押す。
「もしもーし。」
『如月です。』
わかっとるよ、とクスクス笑う様な今吉の声にどうやら怒ってはいない事はわかった。
『すいません、今吉さん!せっかくチケット送って下さったのに…。』
「あー、その事かいな。間に合わんかったなぁ。」
今日、帰国したんやって?と向こうから言い出してくれたおかげで、アリスは驚きつつも安堵する。
「桃井から聞いたで。ワシもまさか優勝出来るとは思ってなかったもんやから。ホンマ、わかっとったら明日のチケットの方が欲しかったやろ?」
『優勝したんですか?』
「まぁ、まぐれやけどな。」
アマチュアからプロまで出場している大会なのは手元にあるチケットを見ればすぐにわかった。