第60章 新 8月
「んだよ、笑うなよ!」
『ゴメン。ゴメン。』
戻るよ、と彼女の足元に戻って来た2号を抱き上げたアリスは、火神に見せつけるかのように彼に頬擦りした。
すっかり片付けが終わり、体育館のモップがけも完了。
久しぶりに三人で帰路につくが、アリスは目的をやり遂げ気が抜けたのか大きな欠伸を繰り返していた。
「時差ボケですか?」
『…ん、んー?』
黒子の問い掛けもしっかり届いていないらしい。彼女が無防備なのはいつもの事だが、今日はそこに更に幼さを感じる。
それが二人にとってはたまらなく可愛いと感じてしまう。
このまま自分の腕の中に閉じ込めて連れ帰ってしまいたい、そんな欲望がムクムク膨れ上がっていく事を必死に押さえつけながら、火神と黒子はお互いにそれを相手に察されない様に装う。
「そういやストバスのエキシビションって明日だな。」
「はい、会場には行けませんがテレビ中継で見られますからね。」
歩きながらでも眠ってしまいそうなアリスは、ぼんやりと二人の会話を聞いていたが全くその内容は頭に入らないらしい。
ストバスの試合中継があるなんて、しっかり起きている彼女だったら『見たい!』と真っ先に飛び付いただろうに。
「お前も一緒に見るだろ?」
火神に聞かれたアリスは、うん、また大きな欠伸をしながら頷いた。
そんな彼女にこりゃダメだな、と火神と黒子は顔を見合わせて笑った。
帰宅後、すぐにベッドに倒れ込んで眠ってしまったアリスは耳につく電子音に渋々身体を起こした。
『…はぁい、もしもし?』
「アリスっち!久しぶりっスね!」
『…りょぉーた?』
「まずはおかえりなさいっス!」
寝起きでかなりローテンションな彼女とは真逆のハイテンションな声に、段々と意識がはっきりとしてくる。
スマホを耳に当てたまま、ゴロッと寝返りをうったアリスは壁の時計に視線を向けた。
『ただいま。』
「明日がオフなんス!」
『…?何が?』
酷いっスよ!と電話越しでも黄瀬が涙目になっているのが手に取るようにわかり、クスクスとアリスは笑った。
『ゴメン、ゴメン。冗談だよ。』
オフの日を教えて欲しいと言ったのは自分だ、わざわざ電話をくれなくても良かったのにとアリスは言った。