第59章 新 7月 II
アリス15歳、と書かれた傷を最後に新たな傷の増えていない壁に、そっと指を這わせる。
もうこの傷も見る事はないだろう。
「残すか、久しぶりに。」
『パパ?』
ほら、背中付けて姿勢良く!と壁に追いやられたアリスの頭の上にナイフが当てられた。
何も知らない他人が見たら悲鳴を上げられても仕方がない光景だが、やっている二人は穏やかな顔をしていた。
アリス、17歳。
真新しい傷は二年前のそれよりも高い位置につけられる。
『パパ、ちょっとマジック貸して。』
「あんまり派手に書くなよ?火神に怒られる。」
Regain dreams!(夢を取り戻す!)そう書き足したアリスはニカッと笑った。
彼女の言う夢がなんなのか、は聞かずにもわかる事だ。
きっと今ならば、白紙でしか出せなかった進路調査票にも迷わず彼女はそれを書き込む事が出来ただろう。
「いいのか?アレックスから聞いたぞ?」
『いいの!』
このままこっちに残り、プロを目指す道だってある。
けれどアリスはそれを選ばなかった。
明日の飛行機で日本に帰る事を選んだのだ。
きっとその足ですぐに彼女は彼等の所へ向かうだろう。
楽しそうに彼等へのお土産にするんだと買物もしていた。
「なぁアリス、一つ聞いてもいいか?」
『なに?』
昔、ママにも聞いたんだが、とちょっと恥ずかしそうに克哉は視線をそらす。
「パパとバスケ、どっちが好きだ?」
思いもよらなかった質問に、キョトンとした顔をしたアリスは速く答えを聞きたい!と真剣な顔の克哉にプッ!と吹き出す。
『そんなの、決まってるじゃない!』
パパだよ!と幼い子供のように克哉に抱き着いたアリスは、彼の胸に顔を埋めてクスクスと笑っていた。
『パパがバスケを教えてくれたから私はバスケが好きになったんだよ?』
昨日も言ったじゃない、私はパパの、如月リーンハルト克哉の娘なんだ、と。
物心つくときにはバスケが身近にあって、ぬいぐるみよりもボールで遊ぶ方が好きだった。
同世代の子達になかなか馴染めなくて、学校に行く事が嫌だった時も、それを変えるきっかけはバスケだった。
言葉の通じない外国に来た時だって、彼等に馴染めたのはバスケがあったからだ。