第58章 新 7月
まさか自分の居ない所で、自分の話題で盛り上がられているとは考えてもいないだろう。
大きな段ボール箱をいくつも組み立て、父親の私物を整理しながら詰め込んでいたアリスは、妙なむず痒さを感じくしゃみをした。
「ん?風邪か?」
『埃でしょ、もう!ちょっとは片付けしといてよね!』
アハハと笑って誤魔化す克哉を睨むと、アリスはUseless(不用)と書かれた箱に、着古された彼のTシャツを放り込んだ。
インターハイ初戦で陽泉と海常がぶつかって、勝利したのは海常だったと桃井からメールが来た。
桐皇も初戦を軽く突破し、秀徳も絡山も勝ち進んでいるらしい。
『そっか…、まぁ仕方ないよね。』
最後に誠凜の結果が書かれていた。
それはほんの少しわかっていた様な気がするものだった。
初戦は突破したが、続く二回戦で当たった絡山に負けた。
けれど桃井からのメールでは、その勝負は去年のウインターカップのそれとは違い、見ているだけでも伝わってくる程に、きっと試合に出ていた選手達は心からバスケを楽しんで、全力で戦った、そんな内容だったと書かれていた。
黒子や火神から結果の連絡が入らないのは勝ち進んで毎日毎日、厳しい練習に励んでいるからだろうと思っていた。
いや、負けず嫌いの二人のことだ。
インターハイ敗退は今まで以上に、彼等の練習に向かう気持ちを押しているに違いない。
真剣な表情でスマホを眺めているアリスに、克哉は暖かい目を向けた。
「…良い知らせか?」
『半分半分、かな。』
だから早く荷造り終わらせて、日本に帰ろう!とアリスは言った。
大分荷物が片付きガランとした部屋に置かれたベッド。
二年前まで自分の部屋だったのに、今はホテルの部屋と変わらない。
けれど、確かに自分はここで育った。
ベッドにゴロンと横になれば、見慣れた天井がある。
もしかしたら、またここに帰ってくる日が来るかもしれないと考えた事もある。
けれど、戻らなかった。たぶん、この先も戻る事はないだろう。
「ちょっといいかい?」
『なぁに?』
トントンとドアをノックした克哉が、ドアに寄りかかる様に立っていた。
「ここを出る前に話しておこうと思ってね。」
『なにを?』
ゆっくりと体を起こしたアリスの隣に克哉は座った。