第7章 6月 II
たくさん使われて消えかけているライン。千切れかけのネット。
今までここに立つのは夜ばかりだったから、こんなにも傷んでいたとは気が付かなかった。
それでもやっぱりここに立つと蘇る。ボールは無いのに自然に身体が動いてしまう。
フリースローライン、仲間達の呼吸。
『ふぅー。』
大きく息を吐いてゆっくりと腕を上げて目を閉じた。
優しくボールを放れば聞こえるのはネットを揺らす音。
「やっぱ好きなんじゃねーか、バスケ。」
あの夜と同じ様に、突然声をかけてきた。
2号を撫でながら、なぜか嬉しそうな顔をした彼がそこにいた。
「よう、また会ったな。」
『おはよう。』
2号が完全に服従姿勢で彼の大きな手に撫でられる事を喜んでいる。
犬は本能的に優しくしてくれる人間がわかるものらしいが、この男もそうなのだろうか。
一番知られたく無い秘密を二度も見られてしまった。
「なんだよ、警戒心強すぎじゃね?」
コイツの方が賢いんじゃね?と2号に優しい視線を落とす。
本当に彼が青峰大輝なのだろうか。聞いていたイメージとだいぶ違う。
『あの、あなたが青峰くん?』
「あれ、名乗ってなかったか?」
うん、と頷く。
そうだっけか?とやる気なく呟いてから、ゆっくりと彼は立ち上がった。
目の前にすると大きい、確かにあの夜会った彼だ。
「つか、アンタの男。下着の趣味悪過ぎだろ?」
『オトコ?』
あの夜借りたパンツだと言われ、どんな物を出したか必死に思い出す。確かどこかの土産に貰ったと父親は苦笑いをしていた。
『違うよ、あれは…。』
「ま、どうでもいいけどよ。」
大きく伸びをした彼はボール持ってくりゃよかったな、と呟いた。
その言葉にほんの少し安心してしまう。
きっとまた相手にしろと言われたら誤魔化せない。
あんな騙すようなシュートは一度きりだ。
「つか、お前さ、アリスだろ?」
『え、そうだけど。』
なぜ名前を知っているのか、と驚いたが本当に彼が青峰大輝なら、キセキの世代と呼ばれるプレイヤーの一人で、黒子や黄瀬の元チームメイト。
彼等から聞いて知っていても不思議ではない。
「しっかし、綺麗なフォームだなお前。」
『何が?』
「さっきの。」
そう言うと彼もフリースローラインに立ち、シュートフォームを取った。