第57章 新 6月 Ⅲ
はぁ…と今日だけで人生の大半の幸せを取りこぼしたかの様に黄瀬は何度も溜息を零していた。
シトシトと雨が降る。
女子生徒のカラフルな傘が開き紫陽花を思わせる。
授業が終わり、体育館へ行く前に部室に寄ったアリスはスポーツドリンクがきれていることに気が付き、近所のコンビニまで買い出しに行く事にした。
「如月アリスさん、ですよね?」
『え?』
正門を出てすぐに背後からかけられた声に、アリスは振り向く。
グレーのブレザーには見覚えがあった。
しかし、声をかけてきた女子生徒には全く見覚えがなかった。
「ちょっとお話、いいですか?」
そう言った彼女の必死な雰囲気に、NOとは言えなかった。
コンビニに行く事を後回しにして、近くの公園へと向かう。
移動中も彼女はずっと真剣な表情をしていたが、特に会話はない。
雨粒が傘にぶつかる音が異様に大きく聞こえたのはそのせいだろうか。
そこは文化祭を抜け出して黄瀬とバスケをした公園だった。
「単刀直入に言うわ、黄瀬と別れてほしいの。」
彼女は海常高校バスケ部のマネージャーだと名乗った。
唐突に何を言い出すのかと、アリスは表情を歪ませる。
「このままではお互いにとって良い事はなにもないわ。海常(ウチ)が勝っても世間からは妙な誤解をされかねない。仮に誠凛(そちら)が勝ってもそうでしょ?」
何も知らない他者から見たら、黄瀬とアリスが内通しているから勝てたと言われかねないと彼女は言った。
『…確かに。妙な事を言われるかもしれないですね。』
勝っても負けても、どちらかが自分達のチームの事を相手にリークしたからだと言われる可能性がある。
「私は毎日必死に練習してる彼等の姿を知ってるわ。だからそんなくだらない事で非難されるなんて我慢できない。」
『それは私だって同じです。』
「なら!」
わかるでしょ?と彼女は不安を帯びてはいるがその目は真剣そのものだった。
『誠凛のみんなも、涼太も私にとっては大事な仲間です。』
だから貴女の気持ちが痛い程にわかります、とアリスは言った。
『よく勘違いされるんです。だからこれだけは言いたい。私は涼太の恋人じゃない。だから別れるって事はそもそも出来ない。でも、貴女の気持ちや考えは凄く理解してます。』