第54章 新 5月 Ⅴ
「折角だからこの後、食事にでも行かないか?」
さぁ、乗ってと促されて思わず車に乗りそうになってしまったが、彼女は申し訳なさそうに足を止めた。
『ゴメンなさい、この後はちょっと…。』
一緒には行けない、と後退りをしたアリスはごめんなさいと俯いてしまった。
「君が待っていたのは青峰か?」
『え?』
街灯の向こう側からボールを手に姿を現したのは青峰だった。
「よう、久しぶりだな。赤司。」
穏やかだった赤司の表情が瞬間険しく相手を威嚇するような物に変わったが、それは青峰の方も同じだった。
「元気そうだな、青峰。」
「そっちもな。」
ピリピリする程張り詰めた空気に、アリスは何か言わなくちゃと言葉を探していた。
「どうやら彼女が待っていたのはお前だったみたいだな。」
「はぁ?なんのことだよ。」
勢いでそう返してしまったが、少なくとも自分が今ここに来た理由はアリスに会う事だった。
しかし、その彼女は赤司と親しそうに話しながら高級車の前に立っていたのだ。
「今日のところは譲ろう。」
野暮なことはしたくない、と赤司は車に乗り込む。
バタンとドアが閉まってパワーウィンドウがゆっくりと開けられた。
「今夜はここで帰るよ。次はちゃんと約束をしてから来る事にするよ。」
『…うん。またね。』
ゆっくり走り出した車を手を振って見送ったアリスは、車が見えなくなっても振り向く事が出来ず、しかし、このまま帰るわけにもいかずに、どうするのが最善なのかを必死に考えていた。
どんな顔をして青峰に会えばいいのか、彼はどんな顔をしているのか、振り向ければこんなに考えずに済むのだけれど、考えれば考えるほどに最悪の結果しか思いつかず、それに押し潰されてしまいそうになる。
「アリス、暇か?」
そんな彼女を察したのか、先に声を発したのは青峰だった。
『…うん、暇、かな。』
「なら付き合え。」
来いよ、と腕を掴まれる。
その勢いで振り向いた先、青峰は公園の中を向いており表情が見えない。
『青峰君?』
「なんだよ?」
掴まれてはいるが、その力は強くはない。しかし、触れる大きな手はとても暖かかった。
その暖かさに破裂寸前まで張り詰めていた緊張の風船が少しずつ萎んでいく。