第4章 5月
ジャージ姿とその恵まれた体格からするに、何らかのスポーツをしている事は間違いない。
「あの、このお皿でいいですか?」
「うわぁ!?」
この感じ、久しぶりだと黒子は感じた。
完全に存在を認識されていなかったらしく、驚きのあまり彼はアリスから飛び退く。
『ずっといたよ、何言ってるの?』
アリスは呆れ顔でそう言うと黒子からお皿を受け取り手際よく四人分のカレーを盛り付けた。
音駒高校バレー部主将、黒尾鉄朗。
アリスとはオムツの頃からの仲だと彼は笑って話してくれた。
アリスの母親は黒尾の父親の妹らしい。
娘を一人で先に帰国させた事を心配しているらしく、たまに様子を見てくれと頼まれたと黒尾は言った。
話して見ると彼はとても気さくで、ついさっきまでの嫌な雰囲気はなくなった。
「君等もバスケ部なんだろ?腹ごなしにこの後どう?」
「おぉ!勉強にも飽きたんだ、やろうぜ!…です。」
火神は素直に喜んでいるだけだろうが、黒尾の本音はどうなのだろうか。
年上だけど直接の先輩じゃないんだから、と彼は火神にラフに話せと笑う。
食事を済ませるとすぐに出て行ってしまった二人。
残った黒子はアリスの後片付けを手伝っていた。
外からはまるで子供がはしゃいでいるみたいな賑やかな声が聞こえる。
「…ふふっ。」
『どうしたの?』
思わず溢れた笑い声にアリスが不思議そうな顔をした。
「ちょっと想像してしまいました。食事の後片付けをしながら外ではしゃぐ声を聞くなんて、アリスさんと結婚したみたいだな、と。」
『やだやだ、鉄朗君とタイガが息子とか。』
アリスは本気で嫌がる顔をしてから、笑い出した。
その笑顔に安心する。
彼女が嫌がったのはそこだけだったことに。
「あの、聞いてもいいですか?」
『なに?』
「どうしてバスケ、やめてしまったんですか?」
テンポよく食器を洗っていたアリスの手が止まる。
やっぱり聞かれたくなかったのだろうか、となかなか返事をくれない彼女をチラっと見る。
最後のお皿を洗い終えた彼女は、濡れた手をタオルで拭くとそのまま黒子へ突き出す。
『…私ね、事故で両手の指が上手く動かせないの。』
「え?」
『日常生活には支障はないけどね、もうバスケは無理。』