第4章 5月
「特には。」
なら適当に作るよ、とアリスは席を立つ。
独りで暮らすには広すぎる家。
キッチンは対面式でここからでも調理をする姿が見える。
一人暮らしには広すぎると思ったが、夏には父親も帰国してくるらしい。
だから今はまだ家具等が少ないのだろう、。
「火神君、あれ。」
「ん?」
テレビボードに飾ってあるフォトフレーム。中の写真には子供が何人か写っている。
きっと火神とアリスだと思ったのだろう、しかしそれを見る火神の表情は明るくない。
懐かしんでいるようにはとても見えない。
「どうかしましたか?」
「いや、なんつーか。この頃はアリスもバスケやってたのにな、って。」
アリスが帰国した直後、久しぶりにバスケしようと誘ったときに『もう私はやってないから』と断られた事を火神は思い出していたのだ。
なぜやめてしまったのか。
直接本人に聞いてしまえば早いのだろうが、あまり自分の事を話したがらないアリスに聞くのは躊躇してしまう。
気が付かなければよかったな、と二人は顔を見合わせて苦笑いをした。
キッチンからイイ匂いがしてくる。
どうやらアリスはカレーを作ってくれているらしい。
「いい匂いだなぁ、俺の分も用意してくれよ?」
突然の侵入者は、そうする事が当たり前のような態度で入って来た。
そしてリビングにいる二人をチラ見すると、まったく気にしていない様子でキッチンへと向かう。
『あれ、鉄くん?』
「ただいま。」
まるで新婚さんのやりとりを見せ付けられた感覚だ。
アリスが作っている鍋の中身を彼女の背後から覗き込んで、勝手に味見をしたりそれを彼女が咎めたり。
『今日は練習だったんじゃないの?』
「してきた後に決まってるだろ。」
『なら家に帰りなよ?』
「なんだよ日本に帰って来たって聞いてせっかく来てやったってのに。」
いい加減にこの疎外感を何とかしてくれ、と火神は席を立つ。
「おい、腹減ってイライラしてきたんだけど。」
『あー、ゴメン。あと盛り付けるだけだから。』
アリスはそう言うとハッとした表情を浮かべた。
『ゴメンね、この人は従兄弟の鉄朗君。』
「ど〜も。はじめまして。」
あくまでも彼女越しに話してくるツンツンの黒髪。