第32章 WC
下手くそな鳥の真似にも見えなくはないその滑稽な動きに、仕方なく体を起こした青峰は眉をゆがめた。
『ハグハグ。』
「はぁ?」
『だから!ハグハグだよ。』
今まで何度も自分勝手にアリスを抱き締めたり押し倒したりしてきたが、彼女からそれを求められるのは初めてだ。
だからどうしたらいいか、逆に恥ずかしいほどに緊張してしまう。
「んだよ、やっぱ馬鹿にしてんじゃねぇか。」
拗ねた様に顔を背けると同時、暖かくて柔らかなものに包み込まれた気がした。
痺れを切らしたアリスが、自分から青峰を抱きしめたのだ。
座ったままの青峰を立った状態で抱きしめると、ちょうどいい高さだ。
『青峰君、泣いてもいいんだよ?』
「泣くかよ。」
『負ける事も悔しがる事も、泣く事も必要な時があるんだからさ。』
まるで直接心に響くかのようなアリスの声に誘引されて涙が溢れた。
どのぐらい抱き締められていたのか。
ただ黙って青峰を優しく抱きしめたままだったアリスはゆっくりと体を離した。
『スッキリした?』
「お前、いいのかよ。こんな所にいて。」
泣いてしまった事の照れ隠し半分、このままでは益々勘違いをしてしまいそうな自分への戒め半分。
今はこうしてここにいるアリスだが、彼女は誠凛に戻ってしまう。
『私は青峰君と居たいと思ったからここに来たんだよ?』
「なんで?」
『うーん、タオル代わり?』
そう言ったアリスは、青峰の頬を両手で挟む。
視線が同じ高さで、彼女の大きな瞳の中に自分の姿を見た青峰は、その間抜けな自分の姿に思わず視線を反らしてしまった。
「…なぁ、アリス。」
『なぁに?』
「…やっぱりお前が欲しい。」
腰に回された手に力が込められ離れた距離を前よりも縮められた。
『なら全力で私を惚れさせてくれる?』
返って来た言葉に青峰はニヤリと笑った。
「あぁ、いいぜ。お前の方から俺が欲しいって言わせてやるよ。」
『いーねー!じゃあ…。』
アリスはそう言うとそっと青峰にキスをした。
それに驚き思わず手を離してしまう。
触れ合うだけの可愛いキス。
けれどその主導権を持っていたのはアリスで、青峰がやり返そうと彼女に再び手を伸ばそうとした瞬間、スルリとすり抜けられてしまった。