第21章 9月 Ⅲ
時間があるときは遠慮なく体育館に来てくれよ、と木吉に言われアリスは心底嬉しそうに頷いた。
「遅かったな。」
『鉄くん、待っててくれたの?』
自宅前に立っていたのは黒尾だった。
彼も部活帰りのようで、制服では無くジャージ姿だった。
『上がって行くでしょ?』
カバンから鍵を出しドアを開けると、真っ先に上がって行ったのは2号。
「勿論、晩飯も食う。」
そう言うと思った、とアリスは言った。
すぐには用意できないから先にお風呂に入ったら?と言われ黒尾はバスルームへと向かう。
着替えに自室に戻ったアリスは、制服から部屋着に着替えてキッチンへと向かう。
そんな彼女の足元を2号はチョロチョロとはしゃぐ。
『お腹空いた?』
「ワンワン!」
そっかそっか、と2号の頭を撫でたアリスは、小さなお皿にドッグフードを盛り付け差し出した。
次は自分達の夕飯を作らなければと冷蔵庫を開ける。
食材は少し寂しいが、二人分なら何とかなりそうだ。
下着一枚でバスタオルを肩からかけた黒尾が我が物顔でリビングに入って来た。
『またそんな格好で!服は?』
「いいだろ、別に。」
今更気を使う間柄じゃないだろ、と面倒くさそうに言う黒尾に、仕方がないなぁとアリスは苦笑い。
料理をするアリスをじーっと見ていた黒尾は、どこか不機嫌そうな顔をする。
「なんか変わったな。好きな男でも出来たか?」
『なに?』
「夏休みに何かあったか?」
鋭いな、と黒尾の言葉に上手く誤魔化す為には何と答えたものかと考える。
好きな男が出来たわけではない。けれど、自分自身、変わったと感じている。
『少しだけどね。バスケまたやってみようかと思ってるんだ。』
「タイガか?」
彼だけが理由ではない。
むしろ決定的なのは今吉の強引な誘いが一番大きな影響だったように感じる。
やるしかない状況に追い込まれたからやったのだけれど、結果それが一番のきっかけだった。
『桐皇の今吉さんって人にね、結果的に背中押されたのかな。』
「桐皇の今吉ってあの今吉翔一か?」
『知ってるの?』
「まぁ、ちょっとな。」
あんまりいい奴じゃないだろ、と黒尾は言った。
『いい人かどうかは分からないけど。あまり親しくしたくはない、かな。』
「だろうな。」