第19章 9月
「いつまでもそんな面してんじゃねぇよ。」
『いや、なんかさ。私ってそんな風に二人から見られてたのかと思うと、ね。』
好きだと言い寄って来る女子は多いだろう。
その中から適当に相手を見つけて処理したら、それだけでは済まなくなってしまう。
だからそうならないだろう身近な女で、後腐れも悪くなさそうな、言うならば都合のいい女、と思われていたのかと思うとちょっと複雑な気持ちになるんだよね、とアリスは言った。
何をどう考えたらそんな拗らせた事になるのだろうか。
単純に素直に受け取ればいいだけの事なのに。
「大丈夫ですよ、アリスさんはそんな風には見えませんから。」
まさか自分の話題が話されているとは思ってもいないだろう黄瀬は、ご機嫌に練習に参加していた。
いつもはどこか退屈そうに練習に参加していたが、今日の黄瀬は違う。
ドリブルスピードも速く、フェイントのキレも抜群。
シュートを打てばそれは必ずネットをくぐる。
「珍しくやる気出してんじゃねぇか。」
「そりゃ出るっスよ!」
キスは初めてではない。
それこそ、仕事でそれに近いポーズをとったこともある。
けれど、自分から好きになって、自分からしたいと思ってしたのは初めてだった。
「なんだ?そこまでだと気持ち悪いな。」
やる気満々で練習に励む黄瀬を見て、笠松は表情を歪ませる。
練習に励む事は何も咎めることでは無いし、むしろ喜ぶ事だ。
だが、そのやる気の出所が気になる。
「だって〜!ウフフ、俺、アリスっちとチュ〜しちゃったんスもん♪」
「もん♪」じゃねぇ!と笠松のダイビングキックが黄瀬に決まった。
ガシガシと蹴られながらも、ニヘラニヘラと黄瀬の顔はだらし無く崩れたままだった。
花火大会の夜を思い出すと自然に顔が緩んでしまう。
アリスの大きな瞳の中に咲く花火。
柔らかくて甘い彼女の唇の感触。
唇を離して恥ずかしくなり、顔を見られたくなくてアリスを抱きしめて誤魔化した。
『もう、いきなりだからビックリした。』
アリスの声はいつもと変わらず、トントンと背中を優しく叩く。
「来年は浴衣着て欲しいっス。」
忘れなければね、と笑ったアリス。
ゆっくりと体を離したが手は繋いだままで、ビルの間に打ち上がる花火を二人で眺めた。