第1章 駆け込み乗車は大迷惑
『まもなく、宵浜~、宵浜~』
車内のアナウンスが脳に届き、目を開ける。
いつの間にか寝てしまっていたようだ。
『お降りの際は~』
今が宵浜って事は、乗ってから4駅進んだって事か。目的地の終点まであと1時間・・・?
くぁ、と欠伸をかきながら足元のバッグに手を突っ込む。
過剰な暖房に奪われた水分を、次の次に反対列車待ちで停まる駅の自販機で取り戻そうと財布を探す。
コツン、と、手の平に当たった、衣類でも財布でもない感触に「あ」と声を漏らす。
まさかまさか、いや、でも。あー、やっぱり!
うんざり顔でバッグから引き上げたのは、自身のスマホ。
無意識、というより、ほぼ習慣的に入れてしまったのだろう。
持ってくつもりの無かった厄介なお荷物に、顔を盛大にしかめる。まぁ、時間も時間だから着信やメッセージは1つも来ていないらしく、着信を知らせるランプは光っていなかった。
画面を開くと、時刻は0時56分。
学生と社会人である兄達はまだ寝ている時間だ。どんなに早くてもあと4時間は起きないだろう。
周囲を見渡すと、私の他に乗客はいない。
居眠りする前は若い男達や、残業終わりのサラリーマンとOLが居たものだが。さすがに住宅街を過ぎると、皆降りていったらしい。
隣の車両に、泥酔し寝こけるサラリーマンがチラッと見えるが、あれは降り過ごしているのだろう。
数時間後にまた出勤するんじゃないの?ヒャー、悲惨。
終点で起こされる彼の姿を想像し、クフクフ笑う。
笑いながら、スマホの横ボタンを長押しし、画面に『電源を切る』という選択項目を表示させる。
さらば、愚かなる愚兄共。
私の怒りはこんなモノでは収まらないのよ?
と、ちょっと悪役気分のまま電源を落とす。
ただの長方形の物体に成り下がったソレをバッグに放り投げる。
これで、。どっかのサイコパス男に追跡アプリを入れられていても、問題無い。
プシュー、と解放感溢れる音と共に、電車のドアが開いた。
暑苦しい列車に冬の夜風が入り込み、暑苦しい車内を急激に冷やす。
冬に浸かる湯船の様な心地良さに、眠気が脳内にじわりじわりと広がっていく。
トロン、トロン、と船を漕ぎだしそうな体を無理矢理動かし、バッグのチャックを閉める。
よし、寝よう。
水はいいか。
終点で・・・。