第92章
『合い鍵、返すね』
火傷による高熱で、また深く深く眠りについていた彼女が目を覚ましたなら。
家主に遠慮しすぎだとか、子どもが大人の心配をするなとか、散々叱ってやろうと思っていたのに。
彼女がまた、この家に存在している。
その光景を目の当たりにしてしまったら、そんなことはどうだって良くなっていた。
そんなことより、まず先に。
彼女をしっかりと抱きしめてやらなきゃいけない気がした。
『…じゃあ…また、学校で』
繊細で。
ひどく儚い彼女の心を愛している。
だからこそ深く根ざした悲しみを、これからもずっと、側にいて消し去ってやりたいと思っていたのに。
帰ってきたら。
彼女の好きなところへ連れて行って。
好きなものを食べさせて。
欲しいものを全部与えてやって。
鬱陶しがられるほど、過保護に甘やかしてやろうと思っていたのに。
「寮まで送る」
もはや、そんな時間は残されていないなんて。
抹消ヒーローのくせに、何もしてやれない。
相も変わらず情けない。
(ーーーあぁ、嫌だ)
林間合宿が終わったら。
またこの日々に帰ってこれると思っていた。
この家に二人、留まっていれば。
いつまでも、いつまでも。
二人だけの秘密の関係でいられた。
誰も邪魔できない、二人だけの世界。
そんな毎日に、終わりが来るなんて認めたくない。
『ううん、ここでさよならしよう?』
「……深晴」
いつだったか。
おまえに家族と認めて欲しい。
いずれは、いつかは。
おまえの家族になりたい、なんて。
そんな秘めた願望を言葉に滲ませて、家族会議なんて銘打ったことすら、つい昨日のことのように思い出せるのに。
「……二つも、トランクケース運ぶのは至難の技だろう」
やっと、彼女が帰ってきたのに。
ちゃんと、彼女は帰ってきたのに。
『今まで、本当に本当にありがとうございました』
もう、終わり
『貴方と出逢えて…幸せでした』
これで、終わり