第92章
こんな終わりで、いいわけあるか
開いた扉から出て行こうとした彼女の手を引き、相澤がもう一度扉を閉めた。
驚いて振り向いた彼女を強く抱きしめ、彼は深く呼吸を整えたあと。
腕に力を込めながら。
はっきりと声を発して、彼女へ伝えた。
「帰ってこよう」
「いつか、二人で」
「今度は同居人としてじゃなく」
「本当の家族になって」
一生涯、共に在りたい。
そう言葉にすることが、どれほど勇気のいることなのか。
初めて知った。
あの同期、やるなぁ。
初めて思った。
石化したように動かない彼女のびっくりした顔を見下ろして。
あぁ、なんだか。
本当に、愛しくて堪らないと思った。
「…返事は?」
『…………えっ……ちょっと頭が回らな…』
「なら、もっと回らなくさせようか」
愛してる、と真顔で告げてみれば。
彼女はやっぱり。
一気に頬を赤くして、あわあわとしながら俺から目を逸らした。
「沈黙は了解と取るぞ」
『ままま待って、待ってよ』
「待たない。返事は?」
『えっ…返事って』
「この家は引き払わない。帰ってきたいなら、帰ってこい。出て行きたいなら、引き留めはしない。俺たちの関係に名前はない。もしこの関係に名前をつけるとするなら…人には言えない秘密の関係ってところだろうな」
要は、何も変わっちゃいないし
何も変わりはしない
彼はそう言い切って、余裕のある笑みを浮かべた。
深晴はその優しい眼差しを一身に受けて。
少しだけ、困ったように。
心から幸せそうに笑った。
慣れ親しんだ玄関先。
彼女は一つのトランクケースを持ち、扉を開けて。
振り返って、彼を見つめた。
そして、いつもの言葉を口にした。