第92章
二人の家へと帰る度。
いつだったか、彼が向にそうしたように。
相澤は壁際へと彼女を追いやり、許可を取ることなく口づけを交わした。
火傷の残っている背中が壁に触れることのないように、と彼が気を回した結果なのか、彼女の腰には相澤の腕があてがわれ、自然と彼の方へ、彼女の身体が押し付けられる。
待って、と。
呼吸の合間、苦しそうに彼女が懇願しても。
「待たない」
一言だけ言葉を返す相澤は、彼女と何度も何度も唇を重ねて、それでも足りないと訴えるかのように彼女の耳や首にキスを落とした。
彼女が家に帰ってきてから。
相澤は怒号を飛ばすことなく、深々と頭を垂れる彼女の話を聞き終えた。
許すとも。
許さないとも言わなかった彼は、ただ向を抱き寄せ、わかったよ、と言葉を返した。
いつもと変わらず、髪を優しく撫で付けてくる彼の指先の温かさに、ようやく帰ってきたのだと思えたのは束の間。
時間がない、と。
そう度々口にする彼は、怠惰に睡眠を求めることをしなくなった。
隣に寄り添って彼女と眠りにつく時でさえ。
彼は絶対に眠りたがらない。
なぜかと聞けば、明日が来るからと。
そんな切ない理由を口にした。
『…眠らなくても、明日は勝手に来てしまうよ』
「………。」
『だから、眠って?疲れてるだろうから』
「…眠くない」
『…眠くなくても、目を閉じてみて』
あぁ、また今夜も。
彼は隈の出来た顔を私に向けたまま、隣へ横たわり、ただ静かに。
とても愛おしそうに。
私の頭を優しく撫でた。
その身に余る幸福に浸りながら、私は精一杯笑みを浮かべて。
彼の頭に優しく触れる。
眠くなるからやめてくれ、と。
彼がらしくないことを口にする。
まるで、子どものように。
明日が来るのを嫌がる彼。
けれど、明日は来てしまう
誰のもとにも、平等に
残酷に