第92章
なぜ、あの場所に切島たちが現れたのか。
上鳴から話を聞き、向が彼らの元へと赴こうと助手席に乗った時、上鳴が窓をノックしてきた。
向が窓を開けると、上鳴は運転席に座る相澤に言葉をかけた。
「先生!そういや家庭訪問、最初の時間で大丈夫ですって親が言ってました!」
「…わかった」
「あと先生もう一つ!なんでごく自然に深晴の保護者役みたいなことやってんすか?」
上鳴の当然と言えば当然の質問に、相澤は視線を上鳴からフロントガラスへと移動させ、さらっと答えた。
「保護者だからだよ」
「……………は?保護者なの!?」
「保護者だよ」
「マジで!?」
「マジだよ」
「えっ、マジ!?マジちょ、待…マジ!?待ってちょ、ちょ待てよ、マ」
ジ、まで上鳴が言い終わるのを待たず、相澤が車の窓を閉めた。
窓にへばりついてくるいつメンの1人を向は何とも言えない気持ちで眺めながら、流れていく窓の外の景色へと視線を向けた。
『…話していいの?』
「さぁ」
『………投げやりだなぁ。家庭訪問って、全寮制の?』
「あぁ。……で?」
車が走り出してから数十秒後。
彼が短く問いかけてきた。
『…勝己と、焦凍と、出久と、天哉、鋭児郎、百のとこにも行きたい』
「これから家庭訪問だ、そんなに寄り道してる時間はないよ」
学校で会った時に話せ。
そう言う相澤は、つい今しがた。
退院してきたばかりの向が出歩くことをあまり快く思っていない。
本当なら、今すぐ帰路につきたいところだ。
蔑ろに出来ない仕事の前に、ほんの少しの合間を縫って相澤が作った時間の使い道に、不満がないかと聞かれれば嘘になる。
『…もうダメ?』
「怪我が完治してから、自分の足で会いに行っておいで」
右手だけをハンドルに残し、左手を差し出してきた彼を見つめて。
向はそっと、その手に触れた。
彼女の指が、長く骨ばった彼の指先に絡め取られ、2人の掌が重なり合う。
「もう、時間がない」
そう呟いた彼が先の道を遠く見据えたまま、指先に力を込めた。
向はその彼の横顔を見上げて。
触れたままの彼の指先に、彼と同じように力を込めた。