第10章 2人だけの秘密
『ごちそうさまでした』
向は口を押さえながら、食器をシンクへと運んで『手伝う』と、いつものように申し出る。
先に相澤が席を立つとこうなるのはわかりきっているのだが、だからといって向が食べ終わるのを座席で待とうとは思わない。
「…何度も同じこと言わせるな」
相澤の視界から向が消えた瞬間、彼女はいつも動揺して、視界に映してもらおうと側に来る。
そして、とてもとても寂しげな顔をする。
相澤は、その表情が大嫌いで。
その顔を見た瞬間。
彼はどうしようもなく、彼女を慕わしく感じてしまう。
ありふれたヒーローのうちの1人でしかない、甲斐性も、包容力も何も持たない、その必要性すら感じていない自分。
そんな男の視界に、可能な限り映り込んでこようとする彼女。
「…深晴」
『なに?』
「………」
ーーー俺は。
お前を無視したりしない。
言葉だって返すし、視線も送る。
何がそこまで不安にさせる。
これだけ一緒に居るのに。
これ以上どうしたらいい。
どうしたら、お前のーーー
居場所に
「…俺が背を向けたくらいで、落ち着きを失うな。ヒーローになりたいなら、常に頭を働かせて、冷静でいろ」
『…ごめんなさい』
「俺は同じことを言うのが嫌いだ。いい加減学習しろよ」
この言葉を、もう何度言ったのかも覚えていないほど繰り返した。
同じことを言うのが嫌い。
大嫌いなはずなのに、同じ言葉を何度だって口にした。
彼女と一緒に暮らし始めてから、それまで自分が嫌いだったはずのことをいくつもねじ曲げた。
それしかないと思ったからだ。
それでもいいと思ったからだ。
「…明日のヒーロー基礎学、担当は俺だ」
気まずそうにうつむく向に、適当な話題を振ってやると、彼女はパァっと顔をほころばせた。
『そうなんだ、楽しみ。…あ。ねぇ、あとで昨日録画した映画見ようよ』
「眠い、寝る」
『じゃあ寝ながらでもいいから』
一緒に過ごそう?
向の笑顔に気圧されて、相澤は渋々頷いた。
ありきたりな映画の展開に、眠い目を擦りながら、彼女と2人、並んで映画を見る。