第91章 風向きが変わったら
天高く飛び上がり、戦場を横断したのは三人のヒーロー候補生。
自宅での待機を命じられていたはずの彼らが「ここ」に存在していることに、オールマイトは目を見張った。
彼らは、緑谷の全身強化、飯田のレシプロで推進力を生み出し、轟の氷結で道を形成。
壁をぶち破って戦場に現れただけではなく、さらに向こうへと駆け出した彼らは、氷のジャンプ台をものすごい速度で滑走し、敵の手の届かない宙へと飛び出した。
そして。
「来い!!!!!」
声を張り上げたのは、切島だ。
倒れ伏しても瞼を降ろさずにいた向と、彼女をもう一度背へと庇った爆豪は、一瞬、視線を交差させる。
ほんの数秒の出来事。
爆豪が向の腰を抱え、もう片方の腕を地面に向けた。
ドッ!と激しい爆発音が響く直前。
死柄木が一歩、二人の方へと踏み込んだ。
伸ばした手は爆豪に届かず、彼と、彼に抱えられた向は上空へと飛び上がった。
「ーーーーッ、マグネ…飛ばせ」
「あんたらくっついて!!」
切島と、爆豪の片手が結ばれた直後。
マグネの「個性」の応用を使い、死柄木がスピナーとの反発磁力によって宙を飛び、追いすがってきた。
向は折れた肋骨の痛みと、背中の火傷が上書きされたかのように炎症を起こしているせいで、目を開けていることすらままならない。
次第に狭まっていく視界の中。
死柄木の瞳が、失望に染まっていくのを見た。
深晴、と。
死柄木が彼女を呼ぶ声は、この上ない悲哀に満ちている。
嫌だ、行くな、と彼が繰り返し。
向に手を伸ばした。
その姿を見て。
爆豪の肩に担がれていた向は咄嗟に、片手をめいいっぱい彼へと伸ばす。
『……っ……弔』
彼と一緒に過ごした日々のことを思い出した。
まるで、「また明日」と挨拶を交わしたのがつい昨日のことであるかのように。
色濃く鮮やかに思い起こされる彼の記憶が溢れて、視界が歪んだ。
あと、1秒でもいいから。
彼と視線を交わしていたい。
そう願ってやまない彼女の瞳から涙が次から次へと溢れては、そんな儚い願いさえも叶わず、大好きな友達の輪郭がぼやけて映る。
(あぁ、やっぱり)
友達を、選びたくはないなぁ