第91章 風向きが変わったら
おまえ、覚えてるか。
いつもみたいに、二人で。
ベンチで時間を潰していたある日。
もともと俺だって話し上手じゃない、話題がそろそろ尽きてきた。
仕方ないから脇に立っていた木の上にできた鳥の巣を、苦肉の策で話題に挙げた。
『…いつか飛び立てるのかな』
おまえが傷だらけの顔で空を見上げて、ぽそりとそんなことを呟くから。
「……いつかは、飛ぶだろ」
そう答えなきゃいけない気がした。
その日から自然と、毎日、毎日。
まだ飛ばない、まだ飛ばないと言いながら、おまえと二人で鳥の巣を眺めるようになった。
何も言ってはくれなかったけど。
おまえは自分をその雛鳥に重ねてた。
ある日。
不意に雛鳥が一羽落ちてきた。
だから何が何でも。
掴まなきゃと思ったんだ。
余計なことしなきゃよかったのに。
結局、その雛は跡形もなく塵になった。
「……なんの話してたっけ。あぁ、それでさ」
何もなかった、そう思えばいい。
納得して俺はベンチに戻り、また談笑を始めた。
「…それで…それでさ」
おまえの顔を見るのが怖かった。
別に、おまえにどう思われたって、何も問題はなかったけど。
なんだか顔が見れなくて。
言葉に詰まった。
なんの話題も思い浮かばなくなった。
「…何話したかったんだっけ…忘れた、なんでだ…今思い出す。……それより、なんか…寒いな」
まだ肌寒い、春の夕暮れ。
気温のせいで震え始めた指先を握りしめて、自分のポケットへと押し込んだ。
『…寒くないよ』
「うるさい、殺すぞ」
『…殺さないでよ』
「寒いだろ」
『………。』
「…なんとか言えよ」
『…寒いね』
「だろ、だから震える」
『…弔』
ごめん
俺がそう言う前に
『……弔は、悪くないよ』
おまえはそんな言葉を口にした。
だから、そんなに俯かなくてもいいよ、と。
目の前でおまえの望みを塵にした俺に、優しく笑いかけてくるおまえを見て。
「………うるさい」
俺はなんだか
ひどく、安心した