第91章 風向きが変わったら
おまえ、知らないだろうけど。
俺はずっとおまえのこと殺す気だった。
「お茶でもしよう、向深晴」
そう誘った時だって別に、本気でお茶しようなんて思ってたわけじゃない。
隙を突かなきゃおまえの個性に歯が立たないから、作戦を変えたまでのこと。
のこのこついてきたおまえ見て。
頭悪いなと思ったよ。
「この前、テレビでさ」
勘違いしてたんだろうけどさ。
俺がおまえを殺しに行ったのは、初仕事でも何でもない。
通常業務、平常運転、言葉の綾ってやつだ。
標的を決めて塵にするまでの一連の仕事を、自分一人でやるのが初めてだったってだけのこと。
どんな仕事でも、最初から最後までやり遂げて、初めて一人前になれるだろ。
殺すだけなら、とっくの昔にクリア出来てた。
ビギナーではあったけど、そういう意味では初めてじゃない。
おまえが俺に手を差し伸べたところで、俺はもう引き返せない場所にいた。
「…あれ、こんな時間か。……帰ろ」
おまえと一緒に居たのはさ。
日陰の毎日に嫌気がさして。
仕事をサボりたかったわけじゃない。
先生がいないと話相手がいないから、寂しかったとかそんなんじゃない。
「あーもう、やめろ!帰れないだろ…!」
俺が立ち去ろうとすると、おまえはいつも。
名前を教えたがらない俺を引き止めるために、シャレにならない向かい風を起こして抗議した。
「…帰ってほしくないなら、そう言え!」
『…別に、そんなんじゃない』
「じゃあこの風やめろ!」
『ベンチに座ったらやめてあげるよ』
「かっわいくな…認めろ、認めたら座ってやるよ…!」
『帰ってほしくないです』
「ものの数秒で折れるな、なんの意地だ!だったら初めからそう言え!」
『もう少しだけ、隣にいてよ』
あんな凍え死にしそうな雪国で。
大人にコートを与えて貰えなかったおまえに、同情なんかしちゃいない。
引っ越した先の保護者の酒飲みに。
顔面に青あざ作られたおまえが放っておけなかったわけじゃない。
俺は優しい人間なんかじゃないんだよ。
おまえを殺すためだけに
「…じゃあ」
俺はおまえと一緒に居たんだ
「……あと、少しだけ」