第91章 風向きが変わったら
よく知らない国に、独り。
空港に置き去りにされたあの日。
私は酷く裏切られた気持ちでいっぱいで。
視界に映った飛行機を、幼心に墜落させてやろうと企てた。
誰でもいいから八つ当たりしたかった。
何でもいいから、壊したくてたまらなかった。
飛行機を墜落させたらどうなるかなんてことは考えずに、ただただ頭を巡らせた。
「お父さん、すごいねぇ!あんなおっきなひこうき、運転できるんだねぇ!」
すぐ、隣の座席。
母親と一緒に座って、私と同じ窓から同じ飛行機を見上げていた小さな子が、そう言った。
すごい、すごい、と。
飛行機を見つめて、瞳を輝かせるその子を見て。
私は自分の姿をその子に重ねた。
「お父さんパイロットなんだよ、すごいね!」
見ず知らずの私に、その子が話しかけてきたから。
『…お父さん、パイロットなんだ。すごいねぇ』
心にもない言葉をその子に返した。
うん、すごいね、と。
その子はまるで他人事のような言葉を口にして、母親と手を繋ぎ、窓の近くへと駆け寄っていった。
そして着陸しつつある飛行機に大きく手を振った。
私はその親子の背中越しに、飛行機に向かって右手を向けて。
「お父さーん!」
その子の、父親が乗った飛行機に
「おかえりなさーい!」
私は
結局
何も出来ずに、腕を降ろした。
直後。
分厚い窓の外で、何かが爆発する音がした。
着陸しようとしていた飛行機がコックピットから炎を上げて、止まっていた飛行機に突っ込んだ。
火の海となった滑走路に、先ほどまで手を振っていた親子のすぐ側、窓際に置いてあったボストンバッグが爆発した。
私は咄嗟に反射で身を守った。
吹き飛んできた親子の傷体が、私の生み出した反射壁にぶつかって、足下に転がった。
遠くからいくつも聞こえてくる爆発音と地響きに。
私は身体を固くしながら、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う民衆を眺めて。
こんな恐ろしい災厄を引き起こそうと考えていた自分の性根の悪さを、醜く思った。