第91章 風向きが変わったら
「貴女が晴夏を殺したのよ」
父を失った事件の直後は、地獄のような日々だった。
彼女は何か汚いものでも見るような視線を私に向けて、毎日のように言い続けた。
「貴女が殺したの、世間がそう言ってるの、なら真実はそうだと決まってる。ヴィランの娘と無個性が何を言おうが、それは間違ったことになるの、晴夏を殺したのは貴女なの、そういう世界なの、貴女が個性を暴発なんてさせるから!!!仕方ないのよ!!!晴夏を返して、返してよ!!!」
いつも冷静で、合理的だった母がまるで子どものように泣き叫び、晴夏、晴夏と彼の名前を繰り返すのを聞いて。
母が父を不器用ながらに愛していたことを知った。
だからこそ、一度も私の名前を呼ばない彼女は。
私のことを一度も愛したことがないのだと知った。
「謝りなさい、晴夏に謝りなさい」
発作のように。
「謝って…謝ってよ!」
私が視界に入るたび。
「謝れ」
父に謝れと叫び出す母の視線に怯え続けて。
「謝れ、謝れ謝れ謝れ謝れ謝れ謝れ謝れ謝れ謝れ謝れ謝れ謝れ謝れ謝れ謝れ謝れ謝れ謝れ!!!!!!」
『ご、ごめんなさい。ごめんなさい…!』
『ごめんなさい、お父さん…!』
言われるままに、謝り続けて。
自分でもふとした拍子に「真実」を錯誤してしまうほど、心をすり減らして生きてきた。
母の発作に怯えて、私は「個性」で彼女の視界から消える能力を生み出した。
母の心の傷が癒えたら、また姿を見せるつもりだったのに、数ヶ月後。
母の前に姿を現しても、彼女はもう私を「見えない」ものとして処理することに決めたようだった。
無視され続けたら無視され続けたで、虚しくてたまらなくて。
馬鹿みたいに勉強して、特訓して、母の気を引きたくてヒーローの仮免試験を受けた。
ーーー何物にも代え難かったんだろう、あんな頭のおかしい母親の視線でさえ
あぁ、そうだ。
あんな母でも大好きだった。
ーーー君のお父さんも、厳しい訓練の日々に耐えかねていた君を置いて、パイロットの夢を見続けた
それでも良かった。
夢を叶えた自分の父が誇らしかった。