第89章 身から出た錆
いつからか。
彼は目の前で子どもが泣いていようと、重い腰を上げようとはしなくなった。
鳥の巣が空になったって、鳥の声が聞こえなくなったって、彼はなんの関心も示さなくなった。
「先生が帰ってきた」
『………。』
唐突に告げられた穏やかな日々の終わり。
(……やっぱり、そうか)
彼と一緒に過ごす時間が好きだった。
放課後マックで談笑してみたい、カラオケにも行ってみたい。
そんな願望を二人で共感し合うだけで過ぎていく不毛な時間が大好きだった。
そんな他愛ない言葉を交わすだけの、夕暮れの時間が大切だった。
けど、終わってしまった。
あの男が生きている。
なら私は、またあの男を殺しに行かないと。
「おまえも来いよ。仲間に入れてやるから」
『……仲間にはならないけど、その男には会わせてほしいかな』
「は?今まで俺の話の何を聞いてたんだ…!おまえが先生にたてついたら一捻りだ、虫けら同然なんだよ」
『…なら、力をつけたら殺しにいく』
「バカか、諦めろ」
『…私からも、報告があるんだ。春から関西に行く。だからもう会えない』
敵同士。
元から、こんなに頻繁に会ったりしないのが当たり前なんだけど。
そう苦笑しながら言うと、彼は私に視線を向け、問いかけてきた。
「…深晴、おまえ携帯は?」
『ははは、制服も買えないのに携帯はもっと買えないよ』
「…なら、やるよ」
『…………え?』
今日で、さよならだ。
そう思っていた。
彼はもう私を殺す気は無くなったみたいだったし、こんなに毎日毎日顔を合わせているということは、彼の拠点はここからそう遠く無い場所にあるんだろうと考えていたから。
けれど彼は私にスマホを投げてよこして、約束させた。
「…俺が呼んだら言葉を返せ。友達の相談くらい、耳を貸せ」
『………友達』
そうだ、私たちは友達だ
会えなくなったって
生きる世界が違ったって
それだけは絶対に変わらない
そう、思ってた